小説

『怠け神』小山ラム子(『怠け神』(山梨県))

「正気か⁉」
 行くな行くなというわめき声を背に部屋を出る。
 俺だって行きたくない。できればずっと部屋にこもっていたい。
 それができなくなったのはお前のせいだ。
 今や怠け神は部屋の半分を占領するほどの大きさになっていた。
 スーツを着ていったのがバカみたいだと思うほど、面接はあっさりと終わった。入室した途端に、店長はにこにこと人懐こそうな笑顔を浮かべながらこう言った。
「もうすぐゴールデンウィークだし助かります!」
 肩透かしを食らった気分であった。
 まあ、それはそれで有難い。このレンタルビデオ店は自転車で十五分ほどの距離にあるので通いやすい。ゲームや映画、漫画なら好きだし、アルバイトだったら気楽にやれるだろう。
 なんて甘いことを思っていた俺は大馬鹿者だった。
 想像以上に仕事はきつかった。何が、と言うと接客が。
「これ、再生しないんだけど!」
 怒鳴りながらDVDをつきつける客。ちなみに一緒に確認したら問題なく再生できた。本人確認書類の確認を求めた客に「車にあるけど取りに行くのがめんどくさい」とごねられ、人気のDVDが借りられなかったことに腹を立てた客に怒られ、ゲームの買取り価格に文句をつけられる。
 そのたびに「なにかありましたか」と飛んでくる店長も、俺の精神ダメージを倍増させた。
 俺よりも若いだろう店長は、俺に怒声を浴びせる客をいつの間にか穏やかに変える。そんな店長を、大学生バイトの高木さんがぽーっとなって見つめている。横に佇む俺。
 なんだかもう消えたかった。
「辞めちまえばいいじゃねーか。そんなとこ」
 帰宅するたびに、怠け神は俺にそう声をかけてきた。
 そうだよな。向いてないよな俺。それに全然役に立ててないし。
 だけど、日に日に怠け神が痩せ衰えていっているのも事実だった。せめてもう少し痩せてから辞めよう。
「山田さんって、棚に戻すのめっちゃ早くないですか」
 高木さんにそう言われたのは、バイトを始めてから一か月ほどたった頃のことだった。

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