小説

『怠け神』小山ラム子(『怠け神』(山梨県))

 高木さんに呼ばれ、店長は奥へと走っていった。その後ろ姿を見ながら前に勤めていた会社のことを思い出す。
 いつの間にか膨大になっていった俺の負担。でも、最初はうれしかったのだ。頼りにされていることに。役に立てていることに。
 お礼も言われていたし、感謝もされていた。でも、心を豊かにしてくれていたはずのその言葉に、プレッシャーを感じるようになってしまったのはいつからだっただろうか。
 家に帰ると、怠け神は待ってましたとばかりに俺を出迎えた。
「今日も仕事はつらかったか? な、もう辞めちまえよ」
 そこで怠け神は、俺が持っている物に気が付いた。
「お、店の漫画借りてきたのか。いいな。それ読んでダラダラしようぜ」
「ああ、これ読んでポップ作ってほしいんだって」
「は? ポップ?」
「さーて、仕事のために読みますか」
「仕事のために⁉」
「忙しいからどいて。俺は映画も見なきゃいけないんだ。仕事のために」
「仕事のために⁉」
 怠け神はみるみるうちに痩せていった。

「あの、今日は時間あるときに買い取りのこと聞いてもいいですか」
「別にいいですけど……どうしたんですか。高木さん、買取り苦手なんですよね」
「いやーさすがに山田さんに頼りすぎてんなーと思って」
 それに、と高木さんはここでちょっと声を落とした。
「山田さんがまだいるうちに教えてもらいたいし」
 え、と思わずまじまじと高木さんを見つめる。
「店長と話してたの聞こえちゃいまして」
 それはきっと、昨日のスタッフルームでの会話だろう。
「私、物覚え悪くて他のバイトでは怒られてばっかりだったんですよね」
「高木さん物覚え悪いんですか?」
「あ、そう見えない? ま、難しいことは山田さんに任せてたしなー」
「それを言ったら俺は高木さんにレジ業務任せちゃってたし」
「そもそも山田さんはレジの何がいやなんですか」
「ここにいるとめっちゃ客に怒られるじゃないですか。奥で作業とかのほうが楽です」
「えー。別に外の人に何言われたってよくないですか?」
「え、そうですか」
「内部の人にきつくあたられるのが一番つらいです」
 沈黙した俺に、高木さんは慌てたように
「あ、ここの話じゃないですけど!」
 と付け足した。

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