小説

『怠け神』小山ラム子(『怠け神』(山梨県))

「ここの店長はめっちゃ優しいし! あの、だから私もっとこの店の役に立ちたくて。他の仕事もちゃんとできなきゃなーって思ってるんです」
「ああ。たしかに店長のために色々やりたくなりますよね」
「ね!」
 店長は昨日俺にこう言った。
『他にやりたいことあったら、遠慮せずに辞めていいからね』
 本心では続けてほしいと思ってくれていることも伝わってきたから、余計にじん、ときた。
 こんな人もいるんだ、と思った。自分の利益を超えた気持ちをもつ人。
 働くっていいな、と思う。だって、こんな出会いがあるのだから。
「俺はもうしばらくは続けるつもりですよ」
「あ、本当?」
「お互い、苦手分野も頑張りましょうね」
「そうですね!」
 家に帰ると、怠け神は玄関に座り込んでいた。今や家に来たときと同じくらいに瘦せ衰えている。
「お前、いつになったらあのバイト辞めるんだよ」
「ああ、多分辞めるときは来ると思うよ」
「本当か⁉」
「うん。いつまでもバイトじゃいられないし。今度デザインの勉強しようと思って」
「へ?」
「結構お客さんからもあのポップ褒められるからさ。自分のセンスに自信ついちゃって。ゆくゆくは独立すること考えてるから、もっと打たれ強くならないとなあ。高木さんにコツとか聞いてみようかな」
「お前……なにやる気だしちゃってんだよ!」
「もっとセンス磨けばあの店のためにも色々できるかな。いやー、働くのって楽しいな!」
「はああ⁉」
 怠け神がよろよろと床にへたり込む。
「もういやだ! なんでどいつこいつもいつの間にか働き者になりやがるんだ! こんな家出ていってやる!」
 怠け神が勢いよく部屋を出て行く。
 思えば、あいつがいなきゃこんなに早く外に出ようとは思わなかっただろうし、あの店の良さに気が付かない内にバイトも辞めてしまっていたかもしれない。
 それに今あいつは『どいつもこいつも』と言っていた。今までも俺と同じように怠け者になっていた奴らを働き者に変えてきたのだろう。
 出て行った怠け神に向けて一礼する。
 もしかしてあいつ、働き者の神様じゃないのか。

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