小説

『花田の桜』立田かなこ(『花咲かじいさん』)

 それから数日。花田は、未だ見つからないペロを心配し、眠れぬ日々を送っていた。
 あの日コンクリートに打ち付け、今も痛む膝を引きずって探しているが、どこへ行ったのか本当に分からない。
 桜もペロが居なくて寂しいのか、元気がないように思える。
「おじいちゃん、ペロ見付かった?」
 桜を見上げていた花田は、冬樹の声に振り向いた。
「いや、まだ……」
 花田が暗い声で答えると、冬樹は、そっか。とだけ言った。
「……あれ? その枝、何か変じゃない?」
 冬樹が指差した枝を見ると、枝の一部が膨らみ、箒のように小枝が生えている。
「ああ、本当だ。何だろう……?」
 花田は、思いつく限りの単語を駆使し、スマートフォンで検索した。
「てんぐ巣病……」
 画面に出てきた単語を花田が呟くと、冬樹は、何それ? と訊ねた。
「この桜の病気だよ。そのうち、花が減ってしまうらしい」
 それは困る! と冬樹が叫んだ。
「おじいちゃんも僕たちも、あんなに頑張ったのに! 咲かないなんて悲しいよ!」
 何とかならないの? と冬樹は悲しげな顔で花田の腕を掴んだ。
 花田は、画面をスクロールする。患部の枝を切れば良いらしい。
 そうとなると話は早かった。冬樹は一度家に戻り、父親の園芸用品から殺菌剤を抜き取ると、走って戻ってきた。
 木に登り、花田の小さなノコギリで枝を切る。切った痕は殺菌剤を塗った。
 花田は、病原菌に冒された枝を燃やした。
「これで一安心?」
 器用に木から下りる冬樹の問いに、花田はただ、ああ。とだけ答えた。

 翌日。今日もペロを探しに行こうと、花田はボロボロのスニーカーを履いた。
「ペロ……」
 ぽつりと呟いて玄関を出た花田の目に飛び込んだものがあった。
 ペロを連れた夏広達だった。
「ペロ……!」
 ペロは、舌を出しながらハッハッと嬉しそうにする。
「うちの前にいたんだ」
 修太が言い出した。冬樹が補足する。
「コイツのうち、コロッケ売ってるから匂いにつられたのかもね」
 ほら、いなくなった日、うちの前に来てたでしょう?と修太が笑う。そうか、あのコロッケ屋の子だったのか。
 夏広が一歩前に出る。
 ペロもそれに合わせて花田に近づく。
「ペロ、おかえり」
 花田がペロを撫でると、ペロは気持ちよさそうに顔を緩める。
 彼らを見守る桜の枝には、小さな蕾が膨らみ始めていた。
 春は近い。

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