夜明け前の汚れのない空気に、彼の声がしみていく。箱を持つ手が震える。まるで、別れの挨拶だ。
「りゅうじには息子が一人います。名前は『れん』です。自分にそっくりだからすぐ分かります。その子に、今までの話を伝えて下さい」
その言葉が、私の怒りに火をつけた。
「浦島君の嘘つき!」
そう叫んで、ふたを開ける。煙は出なかった。けれど、手の中の箱が、確かに軽くなった。
「ほら、やっぱり、嘘」
振り向いた後ろに、浦島君はいなかった。煙のように消えてしまった。
「で、俺が、その『れん』だって言いたいわけ?」
私は、廉君にうなずいてみせた。
「まあ、確かに俺の親父は竜司だけど、顔を知らないんだ。親父もお袋も、俺が生まれてすぐ死んじゃったし、写真もないし、……」
「廉君は、浦島君にそっくりだよ。だから分かったんだ」
「でもなあ、そんな話、信じろってのが無理だろ」
「嘘じゃないよ。ほら、これが玉手箱。もう空っぽだけどね」
廉君は玉手箱のふたを開け、中をのぞいて笑った。
「確かに、何にもないね。で、君の名前、何て言ったっけ?」
「うらら。島うらら」
「君こそ、うらしまだね」
「ごめんね。乙姫じゃなくて」
私は笑う。今度こそ、私のチャンスだ。