小説

『浦島君の「う」は嘘つきの「う」』不動坊多喜(『浦島太郎』)

 でも、ある日、風呂の帰りにふと思ったのです。反対側の通路に行けば何があるのかと。
 ところが、足を踏み出したとたん、侍女に止められました。それで気づいたのです。自分は見張られていると。
 家の中を自由に歩けないなんて、おかしいと思いませんか。それに、そうなるとよけい知りたくなるのが人情ってものでしょう。
 それで、夜中にこっそり探索をしたのです。
 そしたら、……。
 口を閉ざした浦島君を、私はせっついた。
「そしたら?」
「他に男がいました。しかも、一人や二人じゃない」
「乙姫様の愛人?」
「多分。現場を目撃してしまったので、……。浦島太郎に振られて男狂いになったのか。それとも、もともとそうだから浦島太郎が愛想を尽かしたのか。いずれにせよ、愛人だらけでした」
「それで、冷めてしまったと」
「もともと熱してもなかったのですが。自分は自由が欲しかっただけです。けれど、あそこにはなかった」
「それで、戻ってきたと」
「はい。そしたら、徳川様の時代が終わって、明治も終わり頃でした」
「玉手箱はもらわなかったの?」
「もらいましたよ、もちろん。でも、開けませんでした。浦島太郎の結末を知っていましたからね。今も持っていますよ」
「それ、見たい!」
「ダメです。あれには自分の時間がつまっています。開けたら最後です」
「やっぱり、嘘なんだ。第一、戻ったら明治時代だったんでしょ。そこから百年以上たっているのに、どうして年を取ってないの」
「たぶん、箱を開けていないから、自分の時間は止まったままなのでしょう」
 そういう浦島君の顔は真剣で、嘘を言っているようには見えなかった。

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