子どもは成長すると家を出る。結婚し、新しい家庭を持ち、また子どもが生まれる。
浦島君は、全国をさすらうことで、四方に散らばり増えていく子孫を見守っていたと言う。
空襲で拾ったというのも嘘で、本当は焼け落ちる家から助け出したのだと。
大阪の親戚も、子どもを託したあの家も、みんな彼の子孫だと。
浦島君はそんな話をしたけれど、もう私の心にすんなり入ってこなかった。
どこまでも嘘をつき通そうとする彼に腹を立てていた。
(そっちがその気なら……)
彼の正体を暴く方法を、私は考えた。
その夜、初めて彼を誘った。「一緒に寝ようよ」と。
浦島君は戸惑った表情を見せ、「ごめんなさい」と頭を下げた。
「自分はもう年を取り過ぎて、女性を抱けない体なのです」
私の中に、また怒りがふつふつと沸いてきた。
彼にしがみつき口づけし、「そんなのいいから」と、布団に引きずり込んだ。
浦島君は諦めたように私を抱きしめ、優しく頭をなでてくれた。それは、まるで子どもをあやす親のようだった。
夜中、私はこっそり起きると、部屋のすみですり切れたリュックを探った。その一番底に、それは隠されていた。
美しい彫刻の施された小さな木の箱。何が入っているのか、ずしっとした重さが手のひらを圧する。
気配を感じて振り返ると、薄明かりの中に浦島君が立っていた。
「それを開けたら、自分は消えます」
「嘘」
「どうぞ、試して下さい。自分は長く生きすぎました。欲しかった自由はどこにもなくて、手に入れるには死しかないのかもしれない」
そう言われると、開けるのが難しくなる。
でも、それこそが浦島君の手かもしれない。
私は動けず、彼は動かず、じりじり時間が過ぎていく。
空が明るくなり始めた頃、再び彼が口を開いた。
「こんな自分に優しくしてくれてありがとう。貴方の期待に添えなくて申し訳ありません。最後に1つお願いがあります」