小説

『浦島君の「う」は嘘つきの「う」』不動坊多喜(『浦島太郎』)

「会いたい?」
「そうですねぇ。でも、生きていても八十過ぎ。もう覚えてもないでしょう」
「よし、会いに行こう」
「えぇ? 本気ですか?」
 私は有給を取ると、渋る浦島君をせっついて新幹線に乗った。
 もちろん、私は彼の話を信じていたわけではない。彼と旅行がしたかっただけだ。
 それに、彼は家族を懐かしんでいた。会うきっかけを作ってあげれば感謝されるかも、という甘い期待もあった。
 記憶を頼りに、大阪から地方へ足を運ぶ。
 たどり着いた家は、幸か不幸か留守だった。家の周りを一周し、しばらく様子を見たが誰も来ない。
 何となくほっとして、「帰ろうか」と声をかけた。その時、通りの向こうから一人の老人がこちらを見ているのに気がついた。
 浦島君も老人に気づき、逃げようとした。その腕をつかむ。
 老人が近づいて来る。その目は、浦島君だけを凝視している。結ばれていた唇が開き、かすれた声が漏れる。
「りゅうじ」
 私は戸惑って、老人と浦島君の顔を交互に見つめた。
 浦島君も困ったように、老人と私の顔を交互に見る。
 老人はため息をつき、「りゅうじのはずがないのに、すみません」とうつむいた。
「りゅうじさんに似ているのですか」
「ああ、わしの末息子で、この人にそっくりだ。どこでどうしているのやら」
「家を出て行かれたのですか」
「ああ、意見が合わずに飛び出して、それきりだ」
 老人は浦島君を懐かしそうに見上げ、聞いた。
「もしかして、りゅうじの息子かい?」
 浦島君は、寂しそうに首を横に振った。

 帰りの新幹線の中、京都タワーが見えなくなった時、聞いた。
「本当にりゅうじさんの子どもじゃないの?」
「違います。あの老人が、自分と暮らした子どもなのは間違いありませんが」
「じゃあ、どうして血のつながりのない子どもが、浦島君にそっくりなの」
 浦島君は黙った。
 彼の返事を待って、私も黙った。
 名古屋を過ぎ、長い静岡県の間中、会話はなかった。新横浜を出たところで沈黙は破られた。
「血のつながりは、ある」
 思わず、隣に座る浦島君を凝視する。
「竜宮城に行く前、自分には男の子が一人いました。戻ってきたときは、妻も子どももみんな死んでいましたが、家には孫やひ孫が暮らしていました。だから、素性は明かさず、遠目に見守ってきたのです」
「じゃあ、子どもを拾ったのも偶然じゃないと?」
 浦島君は、ゆっくりうなずいた。
「家族に対する罪悪感はありましたから」

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