「……俊太は俺のことをまだ、お父さんって呼ばないんだ」
こうへいくん。それが俺の呼び名だ。再婚して一年以上一緒に過ごしていても、父親とは呼んでくれない。
栄治は枯れた声でははは、と笑った。
「栄治、どうして笑うんだ」
「なんでって。……俊太、話せるようになったんだな」
栄治は、俊太が言葉を覚える前に死んでしまった。
息子から父親と呼ばれていない男二人は向き合った。
しばらくすると、夜空がぱっと明るくなった。
花火だった。緑色や赤色の光が空で舞っている。
不思議なことに、破裂音は聞こえてこなかった。
「俺はどうすりゃいい」
「耕平くん、俺だってわからないさ。ガンバってくれって言うしかないよ。……そろそろ時間だ。もう帰ったほうがいい。これ以上進むと、たぶん戻れなくなる」
「俺はまだ……」
「耕平くんまでいなくなったら、綾子はまた夫を失ってしまう。俊太だってさ……」
「待て」
突然のことだった。俺の脚は鉄の棒のように硬直して、動かななくなった。
栄治は、背を向けると、そのまま坂道を登っていく。
喉が潰されたみたいに、唸り声しか出ない。全身から汗がにじみ出る。
背中が遠のいていく。
栄治はやがて真夏の夜の深い闇の中に消えていったが、最後まで振り返ってはくれなかった。