小説

『一寸で生まれた男と、桃から生まれた男が相対したとして』瑠春(『桃太郎、一寸法師』(岡山))

 鬼退治といえば桃太郎と一寸法師。そう時たま言われることがある。
 桃から生まれた桃太郎は、町を荒らす鬼たちを倒して、財宝を持ち帰った英雄。
 一寸で生まれた一寸法師は、姫を攫った鬼を退けて、小槌で大きくなった英雄。
 奇抜な生まれをした、鬼を退けた二人の英雄。住まう土地は異なれど、その武勇は俺の耳にも入ってきていた。いつかは会ってみたいものだ、そんな風に呑気に思っていた俺に、しかしいつからかとんでもない噂が入ってくるようになった。

 曰く、鬼たちは悪さなどしておらず、桃太郎は宝に目が眩んだ略奪者である。

 鬼を倒した英雄の、信じ難い裏話。面白おかしく俺の耳に入って来たそれに、俺は居ても立っても居られずに遠路はるばる備中を目指してしまったわけで。
「そういえば面と向かって真実か嘘か、と聞いてきた奴は君が初めてだな。聞いてきたということは、君は半信半疑、ということかな」
「その通りだが、君は何故そんなにもあっけらかんとしている? 悪人だと言われているのは君自身なのだぞ⁈」
「あっけらかんと、しているつもりはないがなぁ」
 充分しているとも。そう続けるが、彼の態度は変わらない。だが、一瞬見せた表情が、穏やかなようでどこか寂し気で、夕陽のような笑顔だと俺は思った。そして、極悪非道な略奪者がこんな顔をするのだろうか、とも。
「…住民の気持ちも分かるからな。彼らはただ怖いだけなのだ」
「なにを恐れる? 君は鬼退治の英雄だろう」
「その鬼が悪人でないのなら、さぞ俺は恐ろしいだろう。英雄だったのも過去形だ」
「では聞くが、君は何故鬼退治に行ったのだ」
 俺の問いに、桃太郎は押し黙る。
 少し困ったようなその顔が、故郷の愛犬を思わせて思わず撫でまわしたくなったが、今はそうしている場合ではない。俺の執着な視線に、桃太郎はおずおずとしながら、口を開いた。
「……答えられない、それが答えになるとは思わないか?」
「思わない。何故なら、普通ならば身の潔白のために否という。悪さを自慢したいのであれば、肯定する。どちらもしない君は、そこに理由があるとしか思えんからだ」
「君、思ったよりも賢いな」
「馬鹿にしているな⁈」

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