小説

『一寸で生まれた男と、桃から生まれた男が相対したとして』瑠春(『桃太郎、一寸法師』(岡山))

 さぁここだぞ。そう言って桃太郎が見え上げた先、これは見事な門があり、俺は思わず「ほぉ」と息を吐いた。立派な門をくぐりながら、桃太郎は独り言のように話を続けてくれる。
「鬼退治から帰って少し、両親が亡くなったのだ」
「それは…」
「高齢だったからな! 仕方がない。仕方がない、が、鬼退治なんて行かずに、もっと一緒にいればよかったと思ったよ」
 あの家に一人座る桃太郎。それを想像すれば、侘しさが一挙に押し寄せた。
「英雄になれば、二人も誇らしいと思ってくれると、毎日が色鮮やかになるとそう思ったのだ。でも実際は違った。君の言った通りさ。変わったのは人の目だけだ。二人は、鬼退治に行かなくたって俺を誇ってくれていたのだから」
 先ほども見た、夕陽のような笑顔で彼は笑う。
「君の言う通り、多くの人が手のひらを返して俺を罵った。だが、人の心は移り変わる。だが、それが間違っているかなんて誰にも判断はつかない」
「…わびしいとは、思わないのか。それは、意味がないも同義ではないか」
「思わない。そんなことで一喜一憂する必要は誰もないのさ」
 ほぉら、見てみるといい。そんな声と共に、俺は桃太郎が導く先を見た。
 そして、自然と口が開く。
 目前に広がった、それは間違いのない絶景。
「どうだ、美しいだろう?」
 遠くに見える山々と、その手前に広がる田畑。大自然に交わる、人々の生きている痕跡。
 美しい、それ以外に表す言葉が、あればいいのに。そう思うことしかできなかった。
「この世界に生まれ落ちることができた。そう思うことができただけで、人は生まれた価値がある」
 心地よい、楠の香りに満たされるように。桃太郎の言葉が、俺を浄化する。
「大事なことは言葉で程言い表せない。だから言葉で語られることに、傷つく必要はない。そこに本質はないからだ。そう気づけたことが、俺の鬼退治の意味だと思う」
 夕陽だと思っていた笑顔は、いつしか太陽のように輝いて。
「だから、君の問いに対する答えは持たない。これで、いいだろうか」
 きちんと答えてくれたではないか。
「あぁ」
 良いとも。そう絞り出すだけで俺は精一杯であった。

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