小説

『一寸で生まれた男と、桃から生まれた男が相対したとして』瑠春(『桃太郎、一寸法師』(岡山))

 生まれた時はとても小さく、多くの人々に馬鹿にされた。
 まともに生きられるはずもない。そう笑われる幼少期で、それは必死の思いでついた都でも変わらなかった。馬鹿にされ、嘲笑う視線がなくなったのは、そう、鬼を退治した日から。

「皆が俺を英雄だ、素晴らしいと褒めた。その口で、昨日まで俺を罵っていたというのに」
 再び歩き出した桃太郎の隣を歩きながら、俺はそう零す。彼は、余計な口を挟まず耳を傾けてくれていた。
「俺の鬼退治を実際に見た人物は姫くらいなもので、それなのに皆がそれを信じた。俺自身は何も変わっていないのに。もしかしたら、鬼退治はしてないかもしれぬではないか。そんな嘘か誠かも分からぬ話なのに、一夜にして俺は英雄となった」
「英雄」
「そうだ、君と、一緒だと思ったのだ」
 俺たちはどこまでも似ているな。そう言った俺の顔は皮肉めいていたに違いない。
 ずっと心に抱えていた、晴れない靄。それが、まるで遅効性の毒のように俺を追い詰める。そんな時だった。桃太郎の盗人疑惑と聞いたのは。
「状況が違えば、俺は君であったと思った」
 そうでなくて良かった、そんな意味ではない。ただ天の気まぐれに、俺たちはこうなった。そう伝わってほしくて、桃太郎の顔を見る。英雄となり、そして悪人と罵られた桃太郎。蔑まれ、罵られていた所から英雄となった一寸法師。
「彼らの手のひら返しを見た俺と君。だが、今の在り方はあまりにも違う」
 優しく、穏やかで、誠実な桃太郎。
 自分もそうありたいと思った。だが、そうあれなくなった。俺の必死な問いに、桃太郎は重たそうに口を開く。
「…何も感じないかと言われれば、それは嘘になる」
「!」
「だが、俺は思うのだ。英雄とは、その時人々が望んでいる正義にすぎない、と。人々が変われば正義も変わる。あわせて変化する必要なんてない」
「悪人と、罵られても?」
「そうとも」

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