小説

『一寸で生まれた男と、桃から生まれた男が相対したとして』瑠春(『桃太郎、一寸法師』(岡山))

 さて俺は、桃太郎に気まずい話題を振ったと思っていたのだが。今はどうしてか、彼と共に散歩をすることになっていた。
「ほら一寸法師、備中の桃は上手いぞ」
 放り投げられた桃は確かに色鮮やかだ。桃太郎を見れば迷うことなく丸かじりしていて、なるほど名前負けしていない、と感心する。
「桃太郎に桃を貰うとは縁起がいい、のか?」
「なんだ、きび団子の方が良かったか?」
「君、中々面白いことを言う男だな」
 初対面でも中々会話が弾む相手である。
 俺としては世辞ではない褒め言葉のつもりだったが、桃太郎は「世辞をどうも」といって歩みを進めた。美丈夫のくせに謙遜するな、と思いつつも、謙遜しない美丈夫も苛立つので、何もいわずにその後ろに続く。
 桃太郎が「散歩しつつ話そう」なんていうもので、俺は大人しく彼の後ろについて歩いている。どこにでもある田舎の風景。そのはずなのに、飽きる程続く田園や、どこから始まっているとも分からない森林が、故郷の摂津(旧大阪)を思い起こさせた。だが、同時に俺は先ほど目にした事を無視することができず、おずおずと口を開く。
「なぁ、桃太郎よ」
「なんだい」
「……その、だなぁ」
 言葉を選んだ俺に、桃太郎は可笑しそうに笑う。
「町でのことなら、あれは今に始まったことではないよ。そもそも、君もそれを聞きに遠路はるばる来たのだろう」 
 それはそうなのだが。そう開き直られも戸惑うもので。
「桃太郎は宝欲しさに善良な鬼を倒した、侵略者である、と」
 振り返った彼の表情は、呆れか、悲しみか。俺には判断がつかなかった。
 一体何が起あったのかと言えば、話は先ほど通り抜けた町まで遡る。活気があっていい町ではないか、そう思った矢先に感じた人々の目とひそひそとした声。
『ほら、あの子だよ』
『あぁ、あの鬼の—』
『さっさと出って言ってくれないかね』
 そちらを見れば、隠れるように声を閉ざす悪意たち。明らかな視線は、俺ではなく前を歩く桃太郎に向けられたもので。その後も探さずとも、そこかしこで彼への悪意を感じることができた。

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