小説

『桃太郎を待ちながら』増田喜信(『桃太郎』)

 フクロウのじいさんはそう言った。先祖の精霊たちのお告げだという。
「神は、鬼の横暴をいつまでも許してはおかない。神は必ず、我らに希望の桃を授けて下さる」
「桃だと?」
「その桃の中に、神の化身が宿っておる。見た目は人間の子どもだが、それは神の子だ。今は、その者の誕生を待ち、その者と共に鬼が島に攻め込むのが、唯一勝算のある策じゃ」
 ふくろうのじいさんの話を、俺もオオカミも信じた。
 桃から生まれる神の化身を、待ち続けて来たのだ。

「申し上げます」
 漆黒のカラスが窓から飛び込んで来た。オオカミが飼っている忍びの一羽だ。
「桃の件か?」
「はっ。桃は、大川の下流の村に住む、木こりの老夫婦の手にわたりました」
「それから?」
「生まれました。桃の中から、玉のような男の子が」
 俺はオオカミと目を合わせた。オオカミの顔が明らかに紅潮している。
「時は来たな」
「ああ。神の子が成長するのに、どれくらいかかる?」
「三年はかかるか」
「俺たちは、その三年の間、何をすれば良い?」
「お守りするのだ。神の子を」

 それから、俺たちは根城を出て、その村の近くの小高い丘へと居を移した。この丘からは、桃を拾った老夫婦のあばら家がよく見下ろせた。
 桃から生まれた神の子は、桃太郎と名付けられた。遠巻きにその姿を見た瞬間に、神の子だとすぐにわかった。人間は気付かないだろうが、俺たち獣族が見ればすぐにわかる。まとっている霊力が人間とはまったく違うのだ。
 俺たちは桃太郎の成長を陰から見守ることにした。

 それから数ヵ月後のある晩のことだった。
「おい、トラ」
 寝ていると、オオカミに起こされた。
「どうした?」
「来たぞ。奴ら、桃太郎の存在に気付いたようだ」
 俺は足音を立てないように注意して、丘の頂上に走った。
 老夫婦の家へ、静かに接近している二つの影がある。
「鬼か?」
「人間の姿に化けてはいるが、獰猛な血の匂いは消せぬ」
「奴らの目的は?」
「聞くまでもなかろう。桃太郎の暗殺だ」
「止めるぞ、何としても」
 言うやいなや、俺とオオカミは闇夜を駆けた。鬼どもの背後に接近し、躊躇することなく、その首筋に噛みついた。
「うおぉぉぉ!」
 俺たちの急襲に鬼は動揺したが、一撃で仕留めることは出来なかった。ぶ厚い筋肉に、頸動脈を噛み切るのを拒まれた。やはり、野ウサギを殺すのとはわけが違う。
 雲間から三日月が覗き、あたりを薄く照らす。人間の殻はバリバリと裂け、醜悪な鬼の姿が月下に現れた。
鬼は鋭い爪を振りかざして来た。際どいところでそれをかわす。もう一度、背後に回り込み、アキレス腱に爪を立てた。
「ぎゃぁぁぁ!」
 悲鳴を上げて崩れ落ちた鬼の喉笛に、俺は自慢の牙を突き刺した。今度こそ、やった。鬼はもう声を上げることもなく、首から血を噴きながら死んだ。死んだ途端にドロドロと溶け、土に染み込んで行った。
 オオカミの戦況はどうか?
 振り返って、俺は驚愕した。俺の目の前に、鬼の太い腕で体を貫かれたオオカミが映った。
「オオカミ!」

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