小説

『桃太郎を待ちながら』増田喜信(『桃太郎』)

「おい、トラ! 聞いたか?」
 息せき切って、オオカミが家に飛び込んで来た。
 俺はちょうど、茶を飲んでくつろいでいたところだった。
「落ち着けよ、オオカミ。今、食後の一服中だ」
「のんきに茶など飲んでいる場合ではない」
「何があった? またどこかの村が襲われたのか?」
「桃だ」
「何?」
「都の北の大川だ。桃が流れた」
「何だと?」
 俺は椅子を蹴飛ばすように立ち上がった。
「そらみろ。お前だって落ち着いていられまい」
「詳しく説明しろ」
「カラスたちが見たらしい。北の大川に巨大な桃が流れた」
「誰か、その桃を拾ったのか?」
「今、調べさせている」
「その桃は、おそらく……」
「ああ、間違いない。神の子だ」

 都に「鬼」が出始めてから、どのくらい経っただろう?
 鬼がどこで生まれ、どうやって都まで来たのか、よくわからない。わからないが、鬼どもによって、都が壊滅的な大打撃を受けていることは事実だ。
 鬼どもは、徒党を組み、都の家々を定期的に襲う。都だけではなく、都の周辺にある村や集落も、たびたび襲われる。
 鬼どもは容赦がない。奪い、殺し、燃やす。これまでにたくさんの人間が死に、都とその周辺は、血と涙に濡れている。
 悲劇の主人公は人間だけではない。鬼どもは資源となる木々を求めて、山を荒らし、森を壊し、その住民である獣たちも殺した。
 俺が住んでいた山も、散々にやられた。弟と親友は殺され、皮を剥がれ、その皮は奴らの衣服になった。
 今、行動を共にしているオオカミも似たようなものだろう。聞いてもお互い辛くなるだけだから、深くは聞かないが。
 里を追われた俺たちは、都の外れの廃屋に住みついた。ここを根城に、鬼どもに反撃する機会を伺っている。
人間どもは、まるで役に立たない。都の軟弱な貴族どもは、鬼の滅亡を祈る和歌を読みながら、現実逃避の蹴鞠に興じるくらいしか能がない。
 都の西の内海に浮かぶ小島が、鬼どもの本拠地だった。人間が「鬼が島」と呼んでいるその島に、時折、勇敢な人間が出撃していくが、帰って来た者は一人もいない。
 人間など、あてにしない。いつか必ず、俺たちの手で、あの憎き鬼どもを皆殺しにする。だが、現実的に鬼は強い。どうすればよいのか。
 良い策が出ないまま、悶々として暮らしていた時、森一番の博識であり、森の精霊の子孫でもあるフクロウじいさんから、神の桃の話を聞いたのだ。

「桃は、神のつかいだ」

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