小説

『むくいる』ウダ・タマキ(『鶴女房(岩手県)』)

「大丈夫か?」
「大丈夫」
 涙を堪えたその顔は、決して大丈夫そうじゃなかった。俺は自転車を抱え上げると、首に掛けたタオルで水滴を拭った。
「ありがと」
「いつものヤツら?」
 三島は黙って頷いた。彼女がクラスメイトの女子グループに揶揄われていたたのは知っていた。だけど、こんな陰湿なイジメを受けていることを知ったのは、その時が初めてだった。
「くだらない。元気出せよな。きっと大丈夫だから」
 三島は堪えきれなくなって涙を流した。俺は彼女の肩を軽くポンと叩いた。
 次の日から三島がイジメられなくなったのは、俺が女子グループに釘を刺したからだった。「俺、三島と付き合ってんだけど」って、冷淡な口調でたった一言だけ告げた。
 それからも三島とは喋る機会は殆どなかった。彼女からお礼の言葉はなかったし、そもそも、俺が間に入ったことを気付いていなかったのかもしれない。しかし、俺にはそんなことはどうでも良かった。クラスの中でくだらない出来事が起きている事実さえ消え失せれば、それで良かった。


「あの時、私は死のうと考えてた。本気で。けど、佐伯くんがくだらないって言ってくれて、あの子達に注意してくれたから私は本当に救われたの」
「知ってたんだな」
「もちろん。ずっと感謝してたよ。いつか恩返しがしたいって。それが、まさかSNSで再会できるとはね」
「恩返し、か」
 少し複雑な気分だったが、そんな俺の気持ちを察してか、佐伯がすぐに続けた。
「もちろん、歌は心から良いと思ったからね。最初に歌を聴いて、後から佐伯くんだって気付いたんだから」
「そっか、ありがとう」
「佐伯くんのおかげで今の私がある。私の方こそ、ありがとね」

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