小説

『むくいる』ウダ・タマキ(『鶴女房(岩手県)』)

 そんな複雑な心境を歌詞にした新曲にakoさんからコメントが投稿された。この人だけは、いつもずっと俺の歌を聴いてくれている。そう考えると俺の心は満たされた気がしたが、それは夢を追い続ける動機じゃなくて、活動に終止符を打つためのきっかけとなった。誰か一人でも俺の歌に心動かす人がいてくれたことが、何よりも大きな達成感となったのだ。
 俺は夢を追い続けるのをやめた。すると、気負いすることなく純粋に音楽を楽しめるようになった気がする。コロナの感染拡大も少し落ち着き、幸か不幸か俺が歌っても過密は発生しないので、少しずつ路上ライブの活動を始められるようになった。活動は趣味程度のもので気分転換になれば良い。そんな気持ちだった。
 しかし、状況は一変した。
 ある日のストリートライブで、幾重にも層を為す程の聴衆が訪れたのである。何かの間違いか、もしかすると誰か別人のストリートライブと勘違いしているんじゃないかと思ったけれど、ざわつく聴衆からチラホラと俺の名前が聞こえてきた。間違いじゃなかった。
 俺はこれまでにない緊張を感じながら歌った。聴衆は手拍子をし、中には一緒に口ずさむ人の姿もあった。歌い終わると拍手と歓声が沸き起こり、俺は目の前の光景が信じられなかったけれど手をあげてそれに応えた。
 その奇跡の理由はすぐ明らかになった。akoさんだった。
「akoさんのオススメと聞いてストリートライブ行きました! 良かったです!」
「akoさん、さすがのセンス!」
 そんな言葉にコメント欄は満たされていた。
「akoさんて……」
 最近、話題のドラマに出演して人気急上昇中のako? 慌ててakoさんのマイページを確認する。そこにはこれまでにアップされていなかった彼女の顔写真とプロフィールがあった。間違いなく俳優のakoだ。
「マジか……」
 その一言しか出てこなかった。こみ上げてくる驚きと喜び。いや、しかし、直後には大きな寂しさに襲われる。ずっと応援し続けてくれていたakoさんだが、有名になれば俺のことなんか気にも留めてくれなくなるだろう。

 

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