湿っぽい敷布団から仰ぎ見る天井の木目を視線で辿る。積み重ねる年齢に比例して、不安ばかりが増す今日この頃。周りを見るな、関係ないと言い聞かせては己を信じて歩んできたけれど、どうもその信念が揺らぎつつあるのは、むしろ人との関わりが減ったコロナ禍が訪れた頃である。
「音楽なんかでやっていけるわけないでしょ」
十年前の夏、朝の食卓にて。グラスに入った牛乳をテーブルに置きながらお袋が言った。コツンと、木製のテーブルを打つ音がいつもより大きく響いた気がした。
「まぁ、若いうちに夢を追いかけてみろ」
新聞を広げた親父がそう言った直後に鳩が陽気な歌声を響かせた。高校を卒業したら上京してミュージシャンを目指すと告げた俺に向けた両親の言葉だった。
「まぁ見てなって」
牛乳を一気に飲み干し、そう返した俺には揺るぎない自信があった。逆境に立ち向かい、それを打破することこそロックだなんて思ったりもした。
一面に広がる沃野を囲むように山脈が連なり、水田には収穫を待つ稲が朝日を受けて黄金色に輝いていた。俺はギターを構え、弦を荒々しく弾いて音をかき鳴らした。この体とギター一本さえあれば申し分ない。ライブハウスで注目を浴び、一年後にはメジャーデビュー。そして、テレビ出演に各種フェスへの出演を経て単独ドームツアーに武道館。
なんて、あの頃の俺には根拠のないデカい夢があったが、いつの間にか二十八になった。現実は厳しい。今でも毎月、田舎から米や野菜が送られてくる。あの日、親父が言った「若いうち」はいくつまでだろうか。