小説

『むくいる』ウダ・タマキ(『鶴女房(岩手県)』)

 きっかけはakoさんだったが、本当に俺の歌を気に入ってくれた人がストリートライブに足を運んでくれるようになった。やがて口コミは広がりライブハウスの出演依頼も舞い込んだ。
「ねぇ」
 演奏を終え、ライブハウスを出た俺に声がかかった。かつてのように背後を意識することなど、すっかり忘れていた。
 振り返る俺の前には、深くキャップをかぶる女性の姿があった。
「やっぱり、生で聴くとより一層良いですね」
「もしかして?」
 キャップを脱いだ女性はakoさんだった。俺は「えっ、マジっ」と発し、それ以上の言葉は出てこなかった。
「はじめまして」
「あ、はじめまして」
 ライブハウスのステージで歌うよりも緊張を感じた。
「ウソ。久しぶりね、四中の佐伯くん!」
「えっ?」
「三年の時に同じクラスだった三島亜子。覚えてないよね?」
「えっ、あっ! 三島!?」
「地味なキャラだったから分からないよね」
「いや、言われてみれば面影が」
 そう返したが、まだ信じられなかった。いつも項垂れるようにして一人教室の片隅で過ごしていた三島がakoさんだとは。
「あの日、佐伯くんに助けてもらったから今の私があるの。感謝を伝えたくて」
 あの日?……あの日って……あ、あの日のことか。意図して思い起こせば、ぼんやりと記憶を呼び起こすことができた。
 中学三年、田園一帯に水が張られて陽光を受けて輝く頃。いつもの帰り道で、いつもとは違う光景と出会った。
 用水路にはまった自転車を引き出そうとする女子生徒の姿があった。三島亜子だった。

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