小説

『蟻の恩返し×増殖』五条紀夫(『鶴の恩返し』)

 蟻が好みそうな食べ物といえば、やはり甘い物だろう。そう考え、俺は冷蔵庫からプリンを一つ取り出し、彼女に渡した。
 彼女はプリンを受け取ると、満面の笑みを浮かべ、改めて頭を下げた。
「帰りしなに食べさせていただきます。ありがとうございました」
「気にしないで良いよ。お駄賃としては安過ぎるくらいだ」
 そう伝えたのだが、彼女は更に感謝の言葉を重ねた。そして最後、
「それではまたお会いしましょう」
 と言って、プリンを抱えたまま部屋を後にしたのだった。

 一夜明けて翌日、また昼前にチャイムが鳴った。
 扉を開けると、そこには黒い服を着た女性が、二匹、立っていた。
「先日助けていただいた、蟻です」
「見れば分かるよ」
「恩返しに参りました」
「もういいよ。ってか、なんで二匹? なんで同じ顔?」
 目の前の二匹は、まったく同じ容姿をしていた。
 彼女たちは互いの顔を見合い、それからこちらに向き直って、声を揃えた。
「私たちは同じ日に生まれた姉妹でして遺伝子がほぼ同じなのです」
「あー、そうなんだね。とにかくさ、恩返しはいらないよ」
「そういうわけには参りません。私たち二匹は命を救われたのですから」
 結局、今日も蟻の恩返しを受け入れることとなった。
 食事の支度、掃除、洗濯、二匹はせっせと働いた。フローリングにワックスも掛けられ、室内はキラキラと輝きだした。
 そして夕刻、彼女たちは帰りの挨拶をすると同時に苦しみだした。
「うう……お腹が減った」
「二匹同時に? そんなことってある?」
「私たちは同じ日に生まれた姉妹でして遺伝子がほぼ……」
「分かった分かった。まだプリンがあるから、一匹ずつあげるよ」
 二匹は満面の笑みを浮かべ、プリンを抱えて帰っていった。

 更に翌日、また昼前にチャイムが鳴った。
 扉を開けると、そこには黒い服を着た女性が、四匹、立っていた。
「先日助けていただいた、蟻です」
「増えてる!」
「恩返しに参りました」
「もう掃除する場所なんてないよ」
 と反論をしてみたが、どうやら掃除をする場所はまだあったようで、日が暮れる頃には、壁と天井がピカピカになっていた。

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