恐るおそる尋ねる。彼女はかしこまった調子で語りだした。
「昨日、恐ろしい童っぱどもから私たちを助けてくださったではないですか。そこで恩返しをしたいと思い、訪ねて参りました」
「あー、そういえば助けたけど、恩返しなんていらないよ」
というより、蟻が役に立つとは思えない。
「そういうわけには参りません。何かお手伝いをさせてください。そうだ。間もなく昼食の時間ですから、食事をご用意いたします」
その言葉を聞いて壁掛け時計を見やる。確かにもうすぐ十二時だ。フレックス勤務とはいえ、さすがに寝過ぎた。
「ヤバい、すぐに仕事を始めないと……」
「それでは、その間に食事をご用意いたしますね」
「蟻の用意する食事って、俺は虫の死骸とか食えないからね」
「ご安心ください。今日のために人間の文化を勉強して参りました」
引き下がる気配はない。これ以上の押し問答も面倒なので、俺は、渋々、蟻の提案を受け入れることにした。
パソコンデスクに着いて仕事を始めると、彼女はキッチンで調理を始めた。
そして三十分ほどが経過した時、ダイニングに呼び出された。見ると、テーブルの上にクリームリゾットが置かれている。ありもので作ったとは思えない食欲をそそる出来栄えだ。俺はさっそく、警戒しながら、それを口に含んだ。
「なんだこれ、凄え美味え!」
「SNSでバズっていたレシピをスクショで保存しておいたのです」
「人間の文化に精通し過ぎじゃない?」
ともあれ、日頃インスタント食品ばかりを食べている俺にとって、まともな食事はありがたかった。お陰で、リゾットは一瞬で食べ終えた。
「ところでさ、君は食べないの?」
「はい。食性が違いますから」
その後、再び仕事に取り掛かると、彼女は掃除やら洗濯やらを始めた。不精な俺はそれら家事をおざなりに済ませてきたので、さぞ、やりがいがあるに違いない。それにもかかわらず、彼女は文句一つ零さず、せっせと働いた。
日が暮れる頃、彼女は俺のそばにやって来て、頭を下げた。
「本日はそろそろおいとまいたします」
室内は驚くほど綺麗になっていた。俺は椅子から立ち上がって礼を述べた。
「こう言っちゃなんだけど、思いのほか助かったよ。ありがと」
その時、彼女が突然、腹部を押さえて苦しみだした。
「うっ、お腹が、お腹が……減った」
「は? そんな急に?」