小説

『あっても、なくても』松ケ迫美貴(『こぶとりじいさん』)

 あたしの言葉に、彼は絶望的な顔をする。ここまで話でもなお、あたしに自分の言いたいことが伝わってないと思ったのだろうか。それとも、自覚できないほどあたしの心の問題は根深いと思ったのか。どちらにしろ、あたしと慧くんがまったくもって一ミリも分かり合えないところにいることに、彼は気付いていないのだ。
「モモちゃんは物事を考えなさすぎるよ。これは、考えなきゃいけない問題だと思うよ。だって、整形を繰り返して一体なにが得られるっていうの?」
「得るものなんて、何にもなくていいよ。あたしは自分の要らないものをなくしてるんだよ。そのために整形してるの」
「モモちゃんがいらないものってなに?」
「今は蒙古襞かな」
 はあ、と。思いっきり、はあ、とため息をついて慧くんはわかりやすく落胆した。
そして、話し合い中には一度も口をつけなかったアイスコーヒーを一気に飲み干した。それを見ながら、慧くんもどろくさい味を感じただろうかと、あたしは考えていた。

「まあ、アンタの彼氏が言ってることもわかるけどね」と夕夏は言う。
「でも、なんかはっきりしなさすぎ。『整形なんてするな。ありのままのお前が好きだ!』みたいにロマンティックな台詞を言えないのかね」
「慧くんは、自分の価値観を人に押しつけるようなマネなんてしないよ」
「でしょうね。他人も自分も傷つかないような遠回しなコミュニケーションしかとれなさそう」
 そこまで言って、夕夏は言い過ぎたと思ったのか「次、どこ整形するんだっけ」と話を変えた。夕夏がずけずけときついことをいうのには、もう慣れっこだ。今さら気にするわけもなく、あたしは「目頭切開」とこたえる。
「三回目だっけ?」
「いや、四回目かな。二重埋没、涙袋のヒアルロン酸、小鼻縮小。ねえ、あたし、今度こそ慧くんに嫌われちゃうと思う?」
「いや~、どうだろうね。なんだかんだ甘そう。顔面総とっかえってわけじゃないし」
 たばこの毛羽立った煙を吐き出しながら、夕夏がどうでもよさそうに言った。冷たい態度にムッとしたが、整形が四回目になるということは、この夕夏への相談ももう四回目になるのだ。それでも毎回あたしの呼び出しに応じて、話をきいてくれるだけで十分なのかもしれない。
「夕夏はさ、タクヤさんが整形したいって言ったらどうする?」
「え、あの人は絶対言わないでしょ」
「たとえばだって、たとえば」
 夕夏はすこし悩んで、「別に止めないけど」と前置きしたうえで、
「んー。てか、やっぱどうでもいいかな。あの人がどうしようがあの人の勝手だし」と、ちょっと突き放すようにいった。いつ だってタクヤさんの彼女としての回答を導き出そうとする姿はいじらしいなと思った。
夕夏がきまり悪そうにまたたばこを吸う。そのたばこの銘柄だってタクヤさんと同じものだった。
 
「抜糸は一週間後になります」

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