知らせを受け、私はすぐに病室に走った。視界に私を捉えた修ちゃんは少し驚いた表情をして、それからすぐ虚ろな目になって、病室の中のどこでもない空間を見つめた。
「大丈夫?」
声をかけると、修ちゃんは私を見てゆっくりと、それは本当に、ゆっくり、という表現がぴったりなくらい時間をかけて、うん、と頷いた。もうずっと聞いてなかった、いつもの修ちゃんの声だった。
「喋れるの?」
「ゆっくり、なら」
「そっか」
「あごが」
「あご?」
「折れてる」
「うそ」
「ほんと」
「えー痛そう……」
と、私はもおー、と嘆きながら、修ちゃんの顔や体の、包帯が巻かれた部分を撫でた。
「マリちゃん……」
「ん?」
「たぶんね。さんげつき」
「さんげつき?」
「あったでしょ、高校のときの教科書に」
「あー山月記」
「あれみたい。今思ったけど。俺は虎じゃなくて、ゾンビになって」
「そうだね」
「たかやんとか皆がどんどん凄くなるの、近くで見てたから」
「うん」
「怖くて。才能ない自分にがっかりするのが。だから努力することもしなかった」
「うん」
「ゾンビ役がまぐれで当たって、複雑だったけど嬉しかった。やっと俺もと思って」
「うん」
「そしたらどんどん周りが見えなくなって、気づいたときにはもう自分じゃなくなってて」
「うん」
「殴られてるとき、はっと気づいた。今の自分が必死になってやってることが間違ってる。だけど悔しくて。このまま終わるのが悔しくて、泣きながらしがみついてた」
「うん」
「そのときね、マリちゃんの声が聞こえた。何をベタな話を、って感じだよね。でも本当にね、マリちゃんの声が聞こえて」
「うん」
「もう帰りたいって思ったんだ。もうこんなことやめて、早く家に帰ろうって」
「うん」
「ごめんねマリちゃん、ごめんね」
「ううん、謝らなくていいよ」
「本当にごめん」
「もういい修ちゃん、大丈夫」
「うん」
「謝らなくていいから」
「うん」
「だからもう、どこにも行かないでよ」
うん、うん、と修ちゃんは声を出さず首だけで頷いた。
「修ちゃん」
「うん」
「おかえり。おかえりなさい」
「うん、ただいま。ただいま」
やっと顔を上げた修ちゃんと目が合って、近づいて頬を合わせたら、色んな感情が混ざって泣けてきて、私たちはそのままでいたくて、そのままでいようと思って、しばらくそのままでいた。