小説

『恋人がゾンビになってしまったら』乘金顕斗(『山月記』)

 その後も段々と人気を高める劇団とは裏腹に、修ちゃんは演者としての出番も少なくなっていく。元々は高柳くんと修ちゃんが二人で始めた劇団なのに、めきめきと頭角を現していく高柳くんや、周りの俳優の子たちについていけず、きっと修ちゃんは蚊帳の外にいるような感覚だった。以前は熱心に話してくれた劇団の話も、ほとんどしなくなってしまった。

 修ちゃんに転機が訪れたのは、劇団ヒッチハイクの新しい上演、「別れ話はできればゾンビがいない部屋で」の中でゾンビ役を演じたのがきっかけだった。
 ワンルームの一室で、男女が別れ話をしている。浮気をされて泣きながら怒りをぶつける彼女に、彼が必死に言い訳をしているところに修ちゃん扮するゾンビがベランダの窓から侵入してくる。二人は一瞬ゾンビを見るが、それどころではない、といった感じで話を戻す。うう~、と唸るゾンビ。しかし二人は話に夢中で、意識がゾンビに向かない。相手にされないゾンビが再度、ゔゔ~と唸って近づくと、ちょっとうるさいな、と言って男が片手でゾンビの口を塞ぐ。二人の口論も段々とヒートアップしていき、ゾンビの口を塞ぐ男の手にも力がこもる。息が苦しくなった修ちゃんゾンビがその手を振り払って、「死んじゃうよ!」とゾンビのくせに怒りだして笑いが起きる。コントみたいな内容と、至って真剣な男女の会話のアンバランスが絶妙だった。高柳くんは業界内の評価をさらに上げ、作品のキーとなるゾンビ役を演じた修ちゃんにも注目が集まったのだった。
 以来、修ちゃんにはゾンビの役の仕事がひっきりなしに舞い込んできた。それは脚本でも、演者としても日の目を浴びなかった修ちゃんにとって、ようやく訪れたチャンスだった。
「マリちゃん、俺、これでいいのかな」
 ゾンビ役の仕事が増えてきた頃、修ちゃんが相談してきたことがあった。
「すごいじゃん。誰かに必要とされるなんて」と私が励ますと、
「だよね、頑張るよ俺」と言って、修ちゃんは作ったように笑った。
 私は後悔していた。もしこの時、修ちゃんが抱えていた思いに私が気づいてあげられたら、彼はゾンビにならないで済んだかもしれない。
 新進気鋭として注目を浴びる高柳くんの影響もあり、劇団は着実にファンを増やしていった。彼らの活躍に触発された部分もあったのか、修ちゃんのゾンビへの役作りはエスカレートしていった。家にいる時でも、ご飯を食べているときも、散歩に行くときも、修ちゃんはゾンビであり続けようとした。その徹底した役作りの末、修ちゃんは自分とゾンビである自分の境界を逸することを達成する。これが、私の彼がゾンビになった経緯だった。
 そんな矢先の出来事だった。新型コロナウィルスが世界で流行したのは。

 感染拡大をうけ、日本でも緊急事態宣言が出された。音楽のライブやプロスポーツの試合が続々中断、中止となった。劇団の公演も無期限の延期で、修ちゃんも、抱えていたゾンビ役の撮影がほとんどできなくなった。
 大勢の人の努力が、無下にされ、もっと単純に、生活すら苦しくなっている人も沢山いる中で、たぶん私だけが、少し期待をしていた。ゾンビの仕事がなくなったことで、修ちゃんが元に戻ってくれるのではないかと思っていた。しかしそんな私の切なる願いは通じなかった。世界が様変わりしてしまったというのに、修ちゃんだけは何にも変わらなかった。

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