小説

『恋人がゾンビになってしまったら』乘金顕斗(『山月記』)

 もし恋人がゾンビになってしまったら、なんて想像、したことなかったけれど、修ちゃんがゾンビになってしまった今、改めて想像してみるとして、それならもっとこう、なんていうかな、それっぽい感じがあったんじゃないかと、部屋の中を苦しそうにゔゔ~、と呻きながらよろよろ歩く修ちゃんを見ながら私は思う。
 たとえば背後から襲い掛かるゾンビに気づいた彼が私を庇って噛まれてしまう。ゾンビからは逃れたものの、彼の顔色は徐々に悪くなって、体もふるふると痙攣し始める。白目を剥き、傷だらけの変わり果てた姿になった彼が私を襲う。修ちゃん、修ちゃん、と泣きながら私は彼の名前を呼び、記憶に訴えかけるように顔に手を触れて、ねえ修ちゃん、私のこと忘れちゃったの、って聞いている、みたいな、そういうドラマチックなものを、私は想像したはずだった。
 でも現実は違う。修ちゃんは、もっと時間をかけて、徐々に徐々にゾンビに変わっていった。ゾンビに噛まれたわけでもない。彼はただ、徹底した役作りの末に本当のゾンビになったのだった。

 私が修ちゃんと初めて出会ったのは、大学の同級生が所属する劇団の公演を見たときだった。小さな劇場で、客も身内っぽい人ばかりだった。
 上演前、地味目な男の子が前に出て、ぎこちなく挨拶した。彼が「劇団ヒッチハイク」の劇作を担当している高柳くんだった。タイトルは「そばにおいでよ、ねえ、蕎麦が大好きな君」で、どういう話かというとうまく説明できない。蕎麦もたいして出ないし、そばにおいでよ、なんてセリフも一度も出てこない。なんの変哲もない主人公の学生とその周辺が描かれているだけだったけど、独特な会話が印象的だった。
 上演開始とともに、舞台袖からとぼとぼと気怠そうに歩いてきた痩せっぽちですらりと手足の長い男の子が、主役を務めた修ちゃんだった。ぽつりぽつりとセリフを口にするのがなんだか耳に心地よくて、私はほとんど一目ぼれみたいに彼のことが好きになった。

 修ちゃんと付き合うことになり、二年も経つ頃には、劇団は私が初めて上演を見たときに比べてだいぶ人気になっていた。どうしてそんなに人気が出たのか聞くと、
「たかやんの書く脚本がいいから。やってて楽しいし、こっちも」と、修ちゃんは役者側を「こっち」と表現して答えた。
 劇団が発足した当初は修ちゃんも脚本を書いていた。けれど高柳くんの独特な作品が業界内で評判になっていくのを見て、劇団の脚本は彼一人に任せるようになった。
「修ちゃんは、もう書かないの?」と聞くと、
「俺は才能ないから。たかやんが書いた方が絶対いい」
 と、あっけらかんとしていた。それまで脚本のためにアイデアを書き溜めていたノートやメモ帳も、修ちゃんは全部捨ててしまった。

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