小説

『金の生る木を植えた男』紀野誠(『木を植えた男』)

 種を植えてから一月程で一円玉が形成されるらしい。それから五円玉、十円玉と順々に繰り上がり一年で百万円にまで成長するのだという。
「これを見てみろ。去年収穫したものだ」
 友人は懐から百万円の札束を取り出した。
渡された万札は完璧な紙幣だった。文字はしっかりしている。福沢諭吉もそのまま。指触りもそっくり。透かしまである。財布の紙幣と比較して寸分の狂いもない。本物としか思えない。
「信じられない。こんなことが」
「信じようが信じまいが、現物は眼の前にあるだろう」
 別の木も確認してみた。成長に多少の差があるらしく、既に千円札そのものの実も出来ていた。一つの木に平均十房も実っている。全部成れば一千万円。菜園の全ての木が実れば、合計一億円以上ということになる。
「どうだ。試しに植えてみないか」
 友人はその種を一粒譲ってくれた。しかし混乱して素直に受け取る事は出来なかった。
「俺を騙してないだろうな?」
「人聞きの悪いことを言ってくれるな。お前の家にも植木鉢くらいあるだろう。そこに放り込めばいいだけさ」
 それでも単純に喜べなかった。そもそも法的にどうなのか。倫理面も気になった。
「もしこれが本当だとしても、偽札ということにならないか?」
「出来た金が偽物でも、俺の家は本物だぜ」
 言われて目に付いたのは豪邸ではなく友人の衣服だった。自宅着だというのに上下共に有名ブランドに包まれている。比べて自分はヨレヨレの大衆品を着ている。なんとも惨めな気分になった。
 譲られた種を握り締めたまま、友人の家を後にした。
 自宅に戻り、その種を植えてみた。ちょうど植木鉢の花が枯れていたので穴埋めに育てた。種について聞かれたら帰り道に捨てたと言おう。全部冗談で揶揄われていたとしてもそれで体面は保たれる。そうやって心を落ち着けながら毎日植木鉢を眺めた。
 すると数日で芽が出た。初めはポツンと弱々しかったが、直ぐに幹は太くなり枝分かれしていった。
 背丈が二十センチ程に伸びると、枝の一片からもう実が成り始めた。小さいが本当に一円玉の形をしている。触るとつるつるで金属特有の光沢まである。
「本物だ!」
 思わず声が出ていた。これは自分の人生を変える代物ではないか。待て落ち着けと自分に言い聞かせても心臓の高鳴りを抑えられなかった。
 それから毎日水をやった。朝晩と気を配り、成長を見守った。金の木は枝分かれするごとに新しい実を成していった。全ての実が五円玉、十円玉、五十円玉へと順々に変化した。仕事に身は入らず、常に実の成長ばかり考えるようになった。
 ところが五百円玉まで繰り上がったところで実の成長が止まった。そこから一向に進まないのだ。植木鉢が手狭なのか木も大きくならない。一月経過して何の変化もない。
 助けを求め友人に電話した。

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