小説

『金の生る木を植えた男』紀野誠(『木を植えた男』)

「おいっ。五百円から千円にならないぞ。どうしたらいいんだ?」
「ああそこまで来たか。いや実は紙幣にするには必要なものがあってな」
「何だそれは」
「肥料だ。これがないとそれ以上成長しない」
 なぜ最初に教えてくれなかった、という言葉を飲み込み催促した。
「譲ってくれないか?」
「肥料の方はちょっとな」
 友人は渋った。言い辛そうな雰囲気だ。
「高価なのか?」
「ああ、特殊な代物でな。生成に手間が掛かるらしく値段が馬鹿高いんだ」
 額を聞いたら驚いた。グラム当たり一万円だという。
「酷いな! 純金より高いじゃないか!」
「製造元は相当儲けているらしいぜ」
 そこで躊躇した。植木鉢には数える程しか実は成っていない。
「植木鉢で育てているんだが、札束まで育てるにはどのくらい必要なんだ?」
「鉢のサイズが分からんと何ともな。実は幾つ程成っている?」
「四つだ」
「じゃあ百グラムかそこらかな」
 それぐらいならと安心した。四百万の実を育てるのに百万の出費なら許容範囲だ。
「ぜひ買いたい。販売元の連絡先を教えてくれ」
「構わないが、必要なのは肥料だけじゃあないんだ」
「なに? 他にも要るのか?」
「紙幣にまで育つと金食い虫が発生するんだ」
「金食い虫?」
「害虫が金の実を喰っちまうんだ。その予防に特殊な防虫剤がいるんだが、これも高くてな」
 聞いてみるとそちらも高値だった。常軌を逸した値段。馬鹿げている。嫌な予感もしてきた。なんだか寓話的な展開も思い付いた。
「ひょっとして百万円の実を成すには百万円以上の出費が必要なんてオチじゃないよな」
「そんなことはないさ。必要なのは肥料と防虫剤、後は水と日光ぐらいだ」
「お前は儲けが出たんだよな」
「ああ。途中で枯れさせたりしなけりゃ利益は出る」
 落ち着いて計算すると確かに問題はなかった。今、自分の植木鉢に生えている金の実は四つ。成長しきれば四百万円だ。肥料と防虫剤諸々の経費に二百万掛ったとしても、それでも手元に二百万残る。利益率は五十パーセント! 驚異的な数字と言える。
 しかも詳しく聞いたところ、一粒の種は十分な環境で育てれば平均で十房の実を成すらしい。つまり一千万の収穫。経費は五百万だから、差し引き五百万の儲け!
 頭の中で金の木が満開に咲く様を浮かべたら居ても経ってもいられなくなった。興奮を抑え込むことが出来ず友人に頼み込んだ。
「頼む。業者の連絡先を教えてくれ。種を大量に買いたい。肥料と防虫剤も」
「本格的にやるのか?」
「俺も豪邸が欲しい。外車を買いたい。金持ちに成りたい」
「そう考えるのは当然だ。でもな」
友人は声のトーンを落とした。

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