小説

『おにぎりのむすび』前田倫兵(『おむすびころりん』)

 おむすび。握り方ひとつ、具ひとつで無限のバリエーションが生まれる。
 今、とある男たちが挑戦を始めた。

「では、『究極のおにぎり選手権』ここに開催します」
 野村大地は友人二人を自宅に集め、目を輝かせていた。六畳一間の狭苦しいアパートに三人も収容するとなると、さすがに密度が高かった。
「来たる学園祭の『おにぎり祭り』に出品するおにぎりを開発しようじゃないか」
「何の選手権だよ。おにぎりはコンビニのやつが一番うめーよ。てか、せっかくの夏休みなのになにやってんの」
 斎藤康之は欠伸をしながら反応した。涙目になりながら、近くに置かれた炊飯器と、五キロの米袋を見つめていた。
「具で比べるなら断然、ハンバーグとかハムカツとかかな、あと牛カルビマヨ」
 スマートフォンを構いながら、柳楽健一が言った。どちらかと言えば、康之と同じくそんなに積極的ではなかった。
「健一は結構トリッキーなチョイスしてくるね。ヤスはもっと考えてよ。とりあえずさ、結局何が一番うまいおにぎりか、決めていこう」
 三人の若き大学生は来月、サークルでの催し物、『おにぎり祭り』を控えていた。三人が暇を持て余していたところへ、大地が唐突に提案したのがこの企画だった。
 大地は米袋と炊飯器、買い物袋をキッチンへと運んだ。買い物袋からミネラルウォーターを取り出し、米研ぎボウルに米とミネラルウォーターを入れ研ぎ始めた。普段、めったに炊事なんかしないから、手がおぼつかなかった。
「おいおい、大地米炊けるのかよ」大地が米を研ぐ姿を見ながら、康之がバカにしたように茶々を入れた。それを聞いていた健一もスマートフォンを見ながら、少し口角を上げた。
「うるさいよ。米に関しちゃ俺は厳しいよ」言葉とは裏腹にパラパラとシンクに米粒をまき散らしていた。
 十五分は経っただろうか。ようやく、水の音と米どうしが擦れる音が止んだ。
「おっそ。おれにやらせてくれればよかったのに」絶対にするつもりのなかった康之がまたもや口を挟んだ。横で健一はまだスマートフォンを構いながら、うんうんと頷いていた。大地は少しムッとしながらも、作業を続けた。米三合を炊飯器に投入。続いて、再びミネラルウォーターを取り出した。
「これよ、これ。炊きあがりが違うんだなー」大地は嬉しそうに、米の上にミネラルウォーターを注いでいった。
「えー、どうせ違いなんか分かんねえじゃん」
「いいんだよ。俺は形から入るタイプだから」
 康之のツッコミをものともせず、大地は炊飯ボタンを押した。
「うお、まじでよだれが出た」一人はしゃぐ大地は、友人そっちのけで炊飯器の近くを何分もうろうろしていた。

 炊飯器のリズミカルな音で、米の炊きあがりがアナウンスされた。大地は炊飯器に駆け寄り、蓋を開放した。艶やかで瑞々しい米が炊きあがった。米の香りも部屋中に広まった。
「ひゃっほーい」大地は早くも絶頂を迎えようとしていた。

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