小説

『おにぎりのむすび』前田倫兵(『おむすびころりん』)

「さあさあ皆さん見してみんしゃい」ノリノリで大地が二人に呼び掛けたが、すぐに顔色を変えた。
 健一はひとつだけ作っていた。たこやき?
「おい、健一。なんでたこ焼きなんかつくっ・・・・・・」
「いや、よく見ろよ。おにぎりだから」
 おにぎりというにはあまりにも小さいが、確かによく見ると米だった。あまりにも精巧な作りに、大地はお手上げといった顔をした。
「ヤスは?」大地は聞きたくなさげに聞いた。
「俺も一品かな」さらっと答えて、おにぎりが乗った皿を突き出した。さっきから立ち上がっていた芳ばしい香りが姿を現した。
 とても色合いがよく、インパクトのあるビジュアルだった。
「何だよこれ」大地は思わず声を上げた。その声に釣られて健一も二度見した。
「さつまいも、鶏むね、水菜を米と混ぜて握ってみた。具に下味は付けてあるよ」
「はぁ」作品の説明を聞きながら、大地は呆気に取られていた。健一は、うんうんと頷きながら康之のおにぎりを眺めていた。
「で、これ誰が評価すんの?」康之がもっともらしい質問をした。
「今から誰か呼ぶ?吉田とか」サークルの仲間を呼ぼうと健一はスマホを手に取った。
「いや、その必要はない。ちゃんといる」大地は一瞬にやっとしたかと思うと、部屋の隅を指さした。段ボールが立て掛けてあるだけで何もなかった。
「段ボールに投げつけろってか?」何が言いたいのか全く理解できないというように、康之は眉間に皺を寄せた。それを聞いてから大地は、少しにんまりして段ボールをどけてみた。そこには三十センチ径程の穴が開いていた。
「うわ、大地やったなお前。退去のときやべえぞ」康之は身を引いた。
「ここにこうすると」康之の言うことなど聞きもせず、大地はおにぎりを一つ穴の中に放り込んだ。
「馬鹿。何してんだもったいない」康之が咎めると、すかさず大地は口に人差し指をやり静かにさせた。それを見ていた健一も、固唾をのんで穴を見つめていた。
「おむすびころりんすっとんとん。俺はすっぽんぽん。コロコロ転げて穴の中。とろとろ蕩けた俺の舌」
 微かにぎこちないラップが聞こえた。康之と健一は顔を見合わせ、穴の中を覗き込んだ。真っ暗で何も見えないし、聞こえなかった。再びお互いの顔を見つめ合うと、声が聞こえてきた。
「具も入ってない海苔だけのシンプルな握り飯をありがとう。だが悲しいかな。シンプルがゆえに塩加減、握り方の雑さが浮き彫りだぜSay yeah」またもや穴から声がした。しかも酷評。
「大地、これ何?」
「門脇さんだよ。気づいたらここに住み着いてた。悪い人じゃないよ、すごい食通だし」
 康之は余計に顔をこわばらせた。
 おもむろに、健一がたこ焼きのおにぎりを穴へと投げ込んだ。康之はもはや声すら出ていなかった。
「Oh クレイジーなおにぎりをありがとう。たこ焼きかと思いきや米。アイディア満載、食べれば万歳」
「割と評価良さげだね」健一は冷静に言った。「さあ、あとはヤスだね」微笑みながら健一が康之に促した。後に引けなくなった康之は、さつまいものおにぎりを手に取ると、ゆっくりと穴の中へ転がした。自分が置かれている状況、自分のおにぎりへの評価など気にしつつ肩を尖らせて穴を見つめていた。

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