小説

『おにぎりのむすび』前田倫兵(『おむすびころりん』)

 大地は丁寧に杓文字で米を混ぜた。一粒一粒を潰さないように丁寧にゆっくり。
「おい、ちょっと代わってくれ」と割り込んできたのは康之だった。大地の唇を伝うよだれを見かねて名乗りを挙げたのだった。
 大地は目を見開いた。普段は豪快な男が、丁寧かつ手早く米を扱っていた。米を切るように混ぜ返し、全体が混ざったところで寿司桶に盛った。
「なかなか香りが立つな」気取ったことを言ってはいたが、その手際の良さは大地の比ではなかった。
「なあ、早く握らないと冷めるぞ」すっかり見せ場を横取りされた大地が、慌てて手を濡らし始めた。手に塩を馴染ませようとする大地の手を康之が止めた。
「待て待て、これでいいんだ」
「何がいいんだ」
「余分な水分は飛ばしておかないと、あとでべちゃべちゃになったり、団子みたいになったりするってこと」
 声の主は健一だった。ようやくスマートフォンから目を離していたが、今度は大地にスマートフォンの画面を向けていた。そこには『おいしいおにぎりの作り方』というページが表示されていた。「ミネラルウォーターだけがおいしくするコツってわけじゃないからな」康之がにやにやしながら言った。
 数分後、米からの湯気が緩やかになった。そこで康之は傍に置いていたビニール袋から、選り取り見取り具材を取り出した。鮭フレーク、おかかなど定番のものから、カマンベールチーズやスパム、サバ缶などの変わり種まで、あらゆる食材が顔を覗かせた。
「俺んちの食材結構余ってたから持ってきた」康之は付け足すように言った。
「いやー、ヤスのやる気は違うね」
 再びスマートフォンに目を戻した健一が康之をからかった。
「だからたまたま余ってただけだって」
 気持ちを悟られることのないように、康之は平常を装った。
 ビニール袋が擦れる音がした。康之と健一が音の方向を向くと、大地が既に袋の中に手を入れていた。そこでいくつかの食材を掴み、「ヤス、サンキュー」とだけ言って掻っ攫った。
「おいー。まあいいか。じゃあ各自で握っていこうぜ」大地の勝手な行動をものともせず、康之がゴングを鳴らした。

「よし。できた」
 十五分程たっただろうか。大地の声が部屋に響いた。大地が座っている横に五つほど何かが皿に乗っかっていた。形はいびつ、三角に握りたかったのだろうが見事な半円を成していた。
「へへっ、鮭、昆布、おかか、梅、プレーン、全て王道で攻めてやったぜ」大地は得意気な顔をした。キッチンに立っていた康之も、大地の声とほぼ同時にコンロの火を切った。
「俺はあと握るだけだな」
「俺も」
 康之、健一と続いた。二人とも米を手にしたが握るというよりも、手で包んでいた。

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