小説

『金の生る木を植えた男』紀野誠(『木を植えた男』)

 最近やたら羽振りの良い友人から家へ招かれた。何か自慢したい物があるらしい。
 到着すると驚いた。友人宅は改築され庭に池が掘られていた。駐車場には外車まで停めてあった。邸内には高価な絵画が掛けてある。シャンデリアや芸術的な壺まで飾られていた。
友人はこれまた高級なワインを披露した。そうして職場や上司の不満等、取り留めのない話を振舞った。苦労話だというのに余裕の表情だった。
良い具合に酒が回った時分、とうとう耐え切れなくなり事情を聞いた。
「おい。そろそろ話せよ」
「え? 何を?」
 友人はニヤニヤしながら、何のことかと惚けた。
「決まっているだろ。俺と同じ給料しか貰ってないお前がどうしてこんな贅沢を? 何か秘密があるんだろう?」
友人は初め、只の倹約さと嘯いていたが何度も催促すると口を割った。
「実は金の生る木を手に入れてな」
「金の生る木? なんだそれは? 株か? 特許か?」
 何の比喩かと尋ねると、こっちへこいよと手招きされた。階段を上り最上階へ。屋上にその秘密があるらしい。
 豪邸の屋上には広々としたビニール菜園が敷き詰められていた。菜園には背丈二メートル程度の木が植えられている。世間から隠すように数十本。中々の規模である。
「何の植物だ? 見たこともないが」
「実を見てみろ」
 枝には奇妙な実が成っていた。葉は普通の広葉樹だが果実の方は特徴的だった。厚さ二三ミリ程度で薄っぺらい。青白い楕円形で変な模様もついている。触るとやや硬い。食べられるものとも思えない。
「よく分からないな。珍味か何かか?」
「金が出来ているのさ」
 よく見ると模様だと思っていたものは文字だった。正確には文字になり掛けている最中で、推測するに『千円』という文字がぼやけている状態。その少し上には、『日本銀行券』という文字も薄く見える。肖像画みたいなものも滲んでいた。なんとなく夏目漱石に見えなくもない。裏返してみると二羽の鳥っぽい模様もある。
「何だこれ? まさか千円札?」
「ビンゴ。そのまさかさ」
 それは千円札のなり掛けであった。確かに言われてみれば形状が似ている。
「すごいだろう。一月前までは綺麗な五百円玉だったんだぜ」
 五百円玉の形をした実が次第に薄く広がり、文字が浮かび上がってきているのだという。
「じゃあひょっとして、千円の次は五千円。その後一万円か?」
「それだけじゃない。万札はやがて束になる」

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