小説

『百年の冬の庭』川瀬えいみ(『わがままな巨人』)

 庭に出した椅子に腰掛けてアンジュのドレスを縫いながら、アンジュとウサギの追いかけっこを見守っていた巨人のお母さんは、縫いかけのドレスを放り出して、林檎の木の下に駆け寄りました。
 けれど、アンジュはもう動きません。巨人のお父さんと同じ色の瞳は閉じられたまま。
「アンジュ! アンジュ! ああ、あなた、アンジュが……私たちのアンジュが……!」
 庭中に悲鳴を響かせたお母さんは、それ以上言葉が続かず、アンジュの上に泣き伏してしまいました。
 葡萄棚の下から、悲鳴のした方に駆けつけたお父さんは、アンジュの上に身を投げ出して泣いているお母さんの様子を見て、事情を察し、全身をわなわなと震わせました。
 アンジュのために植えた林檎の木が、アンジュの命を奪ってしまったのです。こんなことがあっていいのでしょうか。こんな腹立たしいことが。こんな悲しいことが。
 激しい怒りと悲しみに衝き動かされて、巨人のお父さんは、アンジュの上に枝を落とした林檎の木を、恐ろしいほどの怪力で大地から引き抜いてしまいました。それだけでは怒りも悲しみも治まらず、太い幹を真っ二つに叩き切ってしまいました。
 そうしてから、彼は、アンジュの亡骸に取りすがって泣いている妻の隣りに行き、妻とアンジュの亡骸を抱きしめて、一緒に涙を流しました。
 巨人のお父さんとお母さんは、身体中の涙を全部、一生分の涙を全部、アンジュの上に降り注ぎました。
 けれど――それでもアンジュが生き返ることはなかったのです。

 ひと月後。
 巨人のお母さんは、アンジュの声を二度と聞けない寂しさに耐え切れず、アンジュのあとを追うように命の炎を消してしまいました。
 巨人のお父さんも、できることなら、アンジュと妻の許に行きたかった。けれど、彼はそうすることができなかったのです。
 もし巨人のお父さんまでが死んでしまったら、明るく元気なアンジュとアンジュを心から愛していた優しいお母さんのことを憶えている人が、この世界からいなくなってしまいます。巨人のお父さんは、それが嫌だったのです。
 アンジュとアンジュのお母さんとアンジュのお父さん――三人は、確かに世界でいちばん幸せな家族でした。それがなかったことになってしまうのが、巨人のお父さんには、とてもつらくて、とても悲しくて――許せなかったのです。そんなのは、絶対に。
 だから、巨人のお父さんは死ねなかったのです。絶対に、どうしても。

 たった一人で、美しい庭の中に残された巨人。彼はもう、強く頼もしいお父さんでも、優しく誠実な夫でもありませんでした。

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