小説

『百年の冬の庭』川瀬えいみ(『わがままな巨人』)

 ただの巨人。彼は、一人ぼっちのただの巨人になってしまったのです。
 一人ぼっちになってしまった巨人は、時が経つにつれて、アンジュとアンジュのお母さんがいなくなってしまったのに相変わらず明るく美しい庭の様子に苛立ちを覚えるようになりました。庭も、アンジュとアンジュのお母さんの死を悲しむべきだと、彼は思ったのです。
 そこで、巨人は、庭の花を根こそぎ抜き取り、果樹もすべて切り倒してしまいました。緑色の下草が生えてくることさえ我慢ならず、石の塀を壊して作った砕石屑で庭全体を覆ってしまいました。
 アンジュを殺した木が、アンジュを殺した木のある庭が、アンジュの代わりに林檎の枝を受けとめなかった大地が、以前と変わらぬ姿でいることが、巨人には許せなかったのです。
 石の塀が壊された巨人の庭には、冬がやってくるようになりました。春は来ません。春は庭に入れません。
 冬を知らなかった幸福な庭は、今度は春を知らない冷たい庭になってしまったのです。
 冬が過ぎたあとに、庭に春を呼んでくるのは、子供たちの明るい笑顔や朗らかな歓声です。石の塀がなくなった巨人の庭にも春を呼び込もうと、村の子供たちが大勢やってきたのですが、一人ぼっちの寂しい巨人は村の子供たちをみんな、自分の庭から追い払ってしまいました。
「私のアンジュが呼んでくる春でないのなら、妻とアンジュと私の三人で楽しむ春でないのなら、そんな春はいらない」
 巨人はそう思ったのです。
 アンジュと妻がいないのにやってくる春は、巨人にとってはむしろ憎しみの対象でした。

 この庭は、私のあの子のためにだけ春になればいい。
 他の子供のために春になどなるな。
 私のあの子のためにだけ、花を咲かせればいい。
 他の子供のために花を咲かせるな。
 私と一緒に元気なあの子を見守ってくれる妻もいなくなってしまった今、この庭は冬のままでいいのだ。冬のままで。
 巨人はそう思いました、
 そう思って、花の咲かない庭をたった一人で見詰めていました。

『冬のままでいい。冬の庭の姿以外、見たくない』
 そう思うのに。
 巨人の幸福な記憶の中にあるのは春の思い出だけ――花でいっぱいの春の庭の姿だけなのです。
 思い浮かべると悲しくて、思い出の中の春の庭が美しいのが悲しくて、自分が幸せだったことが悲しくて、けれど、幸せだった時を忘れることもできなくて――巨人の心は、いよいよ寂しく冷たく凍てついていくのでした。

 巨人の心が凍ったまま、時は過ぎていきました。
 一年、二年、三年、五年。

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