小説

『百年の冬の庭』川瀬えいみ(『わがままな巨人』)

 ある日のことです。
 その日、アンジュは、庭でウサギと追いかけっこをしていました。
 お母さんが縫ってくれた水色のエプロンドレスは、アンジュが庭を駆けるたび、ひらひらふわりと快く揺れ、お父さんが作ってくれた編み上げブーツはアンジュの足にぴったり。
 アンジュはご機嫌でした。
 お母さんは、庭に椅子を出して、アンジュの駆けっこを見守りながら、アンジュの次のドレスを縫っています。
 お父さんは、大きな籠を手にして葡萄の実の収穫作業中。葡萄が籠いっぱいになったら、それでアンジュの好きな葡萄のパイや葡萄のジャムを作るのです。
 アンジュは今日もとても元気。庭中を走りまわって、時々お母さんやお父さんに手を振って、また駆けだして。その繰り返し。
 最後にアンジュは、息を切らして、緑色の下草の上に仰向けに寝転びました。
 幸せなアンジュの上には、青空ではなく、たくさんの赤い実をつけた林檎の木の枝が伸びていました。
 花がたくさん咲きましたから、実もたくさん実ったのです。いくつもの赤い実をぶら下げて、林檎の木の枝はとても重そうでした。
 力いっぱい駆けっこをして喉が渇いていたアンジュは、林檎の実を食べて渇いた喉を潤すことを思いつき、赤い林檎の実をもぐために立ち上がろうとしたのです。
 その時でした。
 林檎の木の幹が、きしきしと掠れた悲鳴のような声を響かせたのは。そして、めりめりと不吉な呻き声を洩らして、長い枝が林檎の木の幹から裂け始めたのは。
 林檎の木の幹の悲鳴と林檎の木の枝の呻き声が聞こえなくなった時、林檎の木の枝は幹から剥がれ落ちてしまっていました。
 赤く実った林檎の実をたくさんぶら下げた枝が、その重さに耐えかねて、折れてしまったのです。
 折れた枝は、アンジュの上に落ちました。たくさんの林檎の実をつけて林檎の幹も支え切れないほど重くなっていた枝が、ちょうど立ち上がろうとしていたアンジュの首に。林檎の実をたくさんつけた重くて太い林檎の木の枝は、小さなアンジュの細い首の骨を簡単にへし折ってしまいました。
 林檎の木の枝の下で、アンジュは動かなくなりました。

「アンジュ!」

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