小説

『それがわたしの復讐だ』小山ラム子(『さるかに合戦』)

 声を聞いて思い出したが、中村さんは中学のときに一番最初に佳苗が漫画を描いていることに気が付いた子だ。
「味方するつもりが敵増やすとこだった。わたしも反省した」と落ち込んでいる様子だった。

 学校に向かう通学路をわたし達は並んで歩いていた。佳苗は例の漫画を非公開にしたと言ってから、口数が少なくなっていった。しばらく言葉もなく歩いていたが、急に佳苗が立ち止まり勢いよく頭を下げてきた。
「ごめん! あとありがとう!」
「え?」
「みっちゃんのおかげで止められた。中村さんに責任感じさせちゃうとこだった」
 佳苗が浮かべたやさしい笑顔につられてわたしも笑う。だけど同時に涙もじんわりとにじんできた。
 佳苗は笑顔のままだ。でもその笑顔は今度は少し悲しそうに見えた。
「みっちゃんに後悔させてたんだね。わたしがあそこにいたらみっちゃんもつらいままなんだと思ったら、もういいやって思えた」
正直、伊藤さんは自業自得だと思う。だからこそわたしにも相応の報いがなきゃだめだと思った。でも佳苗はありがとうと言ってくれた。
「あのとき聞けなかった弱音、全部聞きたい」
 佳苗がだしてくれたハンカチで涙をぬぐう。顔を上げると佳苗の笑顔が泣きそうな表情に変わっていた。今度はわたしのハンカチを差し出す。
「わたし達の本当の敵ってあの空間に流れる空気だったんだと思う。わたし、あのときの自分が本当に必要だったことを描きたい。それを描くのがわたしの本当の復讐だ」
 佳苗もハンカチで涙をぬぐう。そしてすっきりとした笑顔になった。
「そのためにわたしも聞いてほしい。あのときの本当の気持ち。今日からまたみっちゃんのお昼の時間もらってもいい?」
 保健室で過ごした給食の時間。楽しかったけど、教室とはまたちがった窮屈さがあった。いくら元凶となる人と離れていたって閉ざされた空間に変わりはなかったのだから。
あのときの自分達がほしかったものがある。それを描ける人がいる。
顔を上げて空を見る。爽やかな秋空。今ならお弁当片手に外にいける。
「じゃあさ、中庭の花壇の横のベンチで食べよう!」
「お! いいね!」
 まだ見ぬ佳苗の頭の中の物語。それは、今まで読んだ漫画の中で一番わたしの胸に響くであろう。

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