小説

『それがわたしの復讐だ』小山ラム子(『さるかに合戦』)

 自分が目立っていないと気が済まないのか、それとも受験勉強でストレスがたまっていたのかは分からないが、そいつはクラスで一番頭の良かった佳苗にひどいあだ名をつけてバカにしはじめた。周りは笑って流すだけ。そこまで加担はしないが止めもしない。
 それから佳苗は教室と保健室を往復しながら学校に通った。ウェブで掲載するようになった漫画は徐々に閲覧数ものびていき、わたしと佳苗は保健室でその話をして楽しんだ。
受験も終わりあとは卒業式の練習があるくらいで、佳苗の悪口を言っていた女子も比較的大人しくなっていた頃、他のクラスの子が佳苗が漫画を描いていることに気が付いた。佳苗が文集に載せた絵を見て「もしかしてあの漫画木嶋さんが?」と聞いてきたくらいだから相当佳苗の絵柄が好きだったのだろう。佳苗はその子やその友達にたくさん感想をもらいうれしそうに笑っていた。その笑顔を見ながら、最後に良い思い出ができたことにわたしはホッとしていた。

 わたしと佳苗が進学した先の高校は平和だった。
 佳苗は美術部と漫画研究部と文芸部に所属して、それぞれの場所で結果をだした。周りからも注目を浴び、部活でもクラスでも仲のいい友人ができたらしい。
「みっちゃん!」
「あれ、佳苗。どうしたの?」
 クラスと部活がちがうと接する回数も減っていく。佳苗と話すのは久しぶりだった。
改めて高校の制服に身を包んだ佳苗を見る。少しぽっちゃりとしていた身体は、背が伸びたからか引き締まった。文化部だけど、だからこそ姿勢には気を付けているらしく背中がしゃんと伸びていて美しい。中学のときよりも忙しいだろうにその目の下にはクマがない。何より身にまとう空気がちがっていた。
「あのね、ウェブで連載してる漫画見たって出版社から連絡きてね。まとめて本にできるかもしれないの」
「ええ! すごいじゃん!」
 中学から投稿していた漫画は今では結構なファンがついていた。
「まだ分からないんだけどね。でも早くみっちゃんには言いたくて」
「本当すごいよ! 佳苗がんばってたもんね!」
「がんばれたのはみっちゃんのおかげだよ。だってみっちゃんが応援してくれなかったら投稿する勇気もなかったし。だからね、わたしも誰かを勇気づける物語を描きたい。みっちゃんがわたしにそうしてくれたように」
「わたしなんか何もしてないよ。だけどありがとう! 佳苗ならたくさんそんな漫画描けるよ!」
佳苗は宣言通りにどんどん漫画を描いていった。どれも面白く読めたが、その中で気になったものがあった。ツイッターにあげられたその漫画は描き途中なようでラフっぽい線が残ったまま数ぺージが載せられていた。
「あれ?」と思ったのは、中学での経験がほとんどそのまま描かれていたことだ。

「ねえねえ、この漫画に描いてあることって実際あったの? なんかそんなコメントあってさ」
 その日、唐突に話しかけてきたのはクラスメートの藤崎さんだった。佳苗と同じ漫画研究部に入っている子である。
藤崎さんが渡してきたスマフォを見る。表示されていたのは気になっていた佳苗の漫画だった。
「あー、まあ似たようなことはあったけど……」
「じゃあこの悪口言われてるのって佳苗さん?」
 多分藤崎さんは佳苗のファンだ。佳苗がわたしに会いに教室に来るたびにこっちを凝視していて少し怖い。
「えっと、まあ、うん」
「えー! 一緒のクラスだったんでしょ? なんで止めなかったの?」
 まずい対応をしてしまった。そしてそれはわたしがずっと気にしていたことでもあった。
「あ、ごめんね。悪いのは悪口言ってる人なのにね」
 わたしが黙っていたからか、藤崎さんが慌てたように言う。
「佳苗さんさ、もしかしたら今度出版されるかもしれないんだってね」
「うん。そうだね」

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