小説

『だからボクは、今がいちばんしあわせ』サクラギコウ(『浦島太郎』)

「さいきん、ふと死んでしまいたくなるんだ」
 空が笑っちゃうほど綺麗だった。ボクは砂浜に寝転んで呟いていた。
「誰かいないのか、おまえに生きてて欲しいって思ってるヤツ」
 隣にいる亀が言った。ダメなヤツだと言いたげだ。いつも上から目線でボクに説教をする。
 ボクはこいつの背中に乗り竜宮城へ行ってきた。竜宮は楽しかったし乙姫は滅茶苦茶可愛かった。でも3か月が限界だった。何もしないで食いたいときに食いたいものを食い、寝たいときに寝たいだけ眠る。何をしても怒られない。何でもオッケーという自由は飽きるものだと分かった。
 ボクは故郷が心配だと言って、また亀の背中に乗って元の浜に戻ってきた。だがボクの家はなく、親も弟もいなくなっていた。道行く人は皆知らない人ばかりだ。
 家のあった後は更地になっている。家があった形跡さえ残っていない。
 今も村の人々は生活しているが、ボクを覚えていてくれる人は1人もいない。ボクの両親や弟のことも誰も知らないのだ。家もまったく違う異次元の世界のような家が建ち、近づいただけで警報が鳴る。ボクが道行く人を見つけて話をしようとしても、皆「気の毒に」という顔をして「ここは浦島が浜だからね」と逃げていく。
 ボクが竜宮城にいた間は3か月だと思ったら、そうではなかったようだ。
 大事にしていたもの全てが無くなった。家族や友達、漫画にゲームも。親父は勉強にはちょっと煩かったけど、会えなくなると寂しい。母さんの作ってくれたチャーハンは絶品だった。弟は泣き虫で、あの日も泣いて学校から帰ってきた。虐められていると知り、ボクはそいつを捕まえてぼこぼこにしてやろうと飛び出して行った。
 そいつは浜で亀を虐めていた。
 ボクは亀を助けた。ひっくり返って手足をばたばた動かしている亀を元通り戻してやっている間に、そいつは逃げていた。逃げ足の速い奴だ。あっという間にいなくなった。
 ボクが悔しがっていると、亀は背中に乗ってみないかと誘ってきた。亀の背中に乗り海の中を泳ぐのって、最高だって思った。ちょっとその辺を泳いでくる、そんな軽い気持ちだった。それなのにこんなにも時間が経ってしまい今は2320年だという。ボクは317歳になっていた。
 いっそ玉手箱を開けて爺さんになってしまおうかと思うが、やっぱり爺さんは嫌だ。ボクの心はまだ17歳のままなのに、髭ぼうぼうの白髪頭の爺さんの姿なんて絶望的だ。そんなの女の子に相手にされない。それに竜宮でのことだけでなく、ボクの17年もすべて忘れるなんて耐えられない。
 でも、ボクの17年間はもう存在しないのだ。両親や弟や友達には二度と会うことはできない。家も学校も形跡さえない。  
 それなのに、思い出だけが残っている。
 それが凄く辛い。
 だからいくら考えても答えは出ない。

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