小説

『だからボクは、今がいちばんしあわせ』サクラギコウ(『浦島太郎』)

「こんな世の中でボクが生きる意味があるのかな?」
「知らねーよ。竜宮城でいい想いしてきたんだから、そのぐらい我慢しろよ」
「一人ぼっちは寂しいんだ。乙姫からもらった玉手箱開けようかな?」
「開けたら爺さんになる。覚悟はあるか?」
 煙もくもく出て爺さんになる玉手箱って、おかしいだろうとボクが言うと、昔から土産は玉手箱って決まってんだ、と亀がめんどくさそうに言った。
 ボクにはいくら考えても分からない。ボクを爺さんにする乙姫の目的って何なのだ?

 思い出を抱えて生きていくってことは良いことのように思えるが、すべてを失くしてしまったら、思い出が幸せであればあるほど辛い。絶望的な気持ちになり何もかももういいやって気持ちになる。だから死んでしまいたくなる。
 人は思い出だけでは生きていかれないんだ。いや違う。思い出があるから辛いんだ。覚えているからこんなにも辛い。
 亀は竜宮でいい想いをしてきたのだからと言うが、そんなもの過ぎてしまえば、ちょっと良い夢を見たぐらいのものだ。戻ってくれば、これから生きていくための力にもならない。かえって邪魔になるくらいだ。努力をして、苦しくても向き合い乗り越えていく気力なんて湧かない。それどころか根こそぎ削ぎ落とす。しかたないだろ、3か月と思っていたら本当は300年も自堕落な生活をしていたのだから。
 ボクは最近、竜宮へ行かなければよかったと思う。それなら家族や友達と別れることもなかった。
 ボクがそれを言うと、亀は即座に反論する。
「お前の冒険心は正しかった」
 冒険心なんかじゃない。ちょっとした好奇心だと返すと「いいや!」と強調した。
「竜宮城はどんなところだろう、きっと凄い世界に違いない、お前はその好奇心を信じたんだ。『見てみたい』と思った。違うか?」
「まあ、あの時は…」
「それでいいんだよ。若者はそれを失くしたらオシマイだね」
「でも、竜宮へ行ったから全て失くしてオシマイになったんだろう!」
 ボクが亀とこの話をするといつも堂々巡りになる。そしていつも言い負かされる。
「おまえな、人生は一度きりなんだ。後悔なんかするな!」
「もう一度、あの日に戻してよ」
「あの日って、どの日だ?」
「亀を助けた日」
「やだよ、俺はひっくり返ったままで干からびちゃうだろ」
「じゃあ、助けてやるから竜宮城へ誘わないで」
 亀は急にまじめな顔になった。
「それはできない。それに竜宮へ連れて行くのは俺のノルマだし」

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