小説

『それがわたしの復讐だ』小山ラム子(『さるかに合戦』)

「もしでたらサインくれるかな。ちょっと間にはいってもらってもいい?」
「心配しなくても佳苗だったらくれるって」
 藤崎さんはちょっと苦手だけど佳苗の漫画が間に入れば笑顔で話ができる。こんな風に人を笑顔にできるものを描ける佳苗はやっぱりすごい。

 例の漫画は多くの反響があった。漫画の感想の他に、同じ中学だったのではないかという人の書き込みがあった。これが藤崎さんの言っていたものだろう。
気になるコメントを残す人のツイッターのアカウントをクリックし、そのやり取りを見てみる。
『これさ、実体験っぽいよね。こんなようなことあった気がするし』
『わたし友達にこのクラスだった子いるから聞いてみるよ』
『実体験だったらひどいよな』
 同じ中学出身ではなさそうな人もそのやり取りには参加していた。その人数は結構多そうだ。
 その夜、わたしは佳苗に電話をした。
『はい』
「あ、もしもし佳苗?」
『うん。どうしたの?』
「あのさ、ツイッターの漫画読んだよ」
『あ、本当? やっぱりちょっと恥ずかしいな。わたしがみっちゃんのことどれだけ大好きか分かっちゃう』
「それはうれしいの。だけどさ、なんか犯人特定しようみたいな人達いるよね」
『ああ、もう結構動いてるみたいだよ』
「え? 知ってるの?」
『うん。四組だった中村さんいるでしょ? あいつと同じ高校みたいで教えてくれた。なんかね、クラスで色々言われてるって。あの漫画もクラスでまわってるんだって。事実しか描いてないし本人も何も言い返せないみたい』
 そこには愉快さを感じている声の響きがあった。
 佳苗はこんな結果になるとは思っていなかったのではないか。わたしにだって言ってくれた。誰かを勇気づける物語を描きたいと。
 それがいつの間にか復讐をするチャンスになってしまった。
「ごめん」
 こんなの今更だ。だけどこれしか今のわたしには言うことができなかった。
『え、ちょっと、なんで泣くの』
「ごめん」
 止めようと思っても涙は次から次へとでてきた。
「わたし、あのときなにもできなかった」
わたしはずっと後悔していた。もっとできることがあったのではないか。佳苗にもっと聞けばよかった。本当に大丈夫なのかって。そしたら今、佳苗はこんな気持ちを抱えていなかったのではないか。
『わたし、全然乗り越えてないの』
沈黙が続き、しばらくしてから佳苗はつぶやくようにそう言った。
『中村さんに聞いたとか言ったけどさ。本当は自分でも色んな人のツイッター見てて、あいつが悪口言われてるの見て笑ってた』
「うん」
『でも全然すっきりしないの。嫌な気持ちはどんどんたまってく』
 再び沈黙が訪れる。破ったのはやっぱり佳苗だった。
『あのときもっと弱音が吐ければよかった。それができたらわたし達こんなとこに留まってなかったかもしれないのに』
 それから佳苗はやることがあると言って電話を切った。切る前に一言『ありがとね』と言った。

 その後、あいつへの悪口は終息に向かっていったらしい。詳細は佳苗からではなく中村さんから電話で聞いた。みっちゃんと話したいと言っていた、と佳苗から紹介されたのだ。
「実はクラスで悪口エスカレートしすぎちゃってて。元々伊藤さんのこと面白く思ってなかった人が過剰にのっかっちゃってさ。そしたら今度は伊藤さんのことかばう人も出てきてね。漫画のこと悪く言う人もでてきちゃって。だから良いタイミングで佳苗ちゃんが『やめてほしい』って言ってくれてよかったよ。わたしも煽っちゃったほうだから、佳苗ちゃんに止めてほしいなんて言えなかったし。みっちゃんが止めてくれたって言ってた。ありがとね」

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