小説

『ほたろの木』洗い熊Q(『光る風景』)

 ――私の初恋の相手は四ノ宮亮くんです。
 そう言いきれる程、印象的な思い出のある彼。
 その後の私の人生にも影響した人でした。

 
 外灯が転々と灯る夜の田圃道。一緒に歩く主人が急に言った。
「あ、ほれ。“ほたろの木”だ」
 そう主人が指差したのは、遠くの小高い山の上にある自然公園の一本の桜の木。
 花の季節が終わった今、桜の木は青々とした葉を生い繁り、下からのライトアップで山中で浮いて見えた。
「違うよ。あれは照らされてるだけ」
「でもあんな感じだったんだろ。でも今時期ライトアップするか?」
「さあ。何か公園でやっているんじゃない」
 主人との休日が合えば私達は近隣のお店に一緒に呑みに行く。散歩気分で帰りは家まで徒歩。
 同郷で同級生でもある主人。
 私のあの話を知っている主人は、夜に輝いている木を見る度にそう言ってくるんだ。

 

 深い山間がある故郷。今住んでいる所以上に田園風景が続く田舎。
 小学生時、同級生でもあった主人は故郷をよく揶揄する。「何もなくて、何かいる場所だ」と。
 町村が合併して“村”という表記じゃないけど、特有の仕来りや風習が色濃く残っていたのは確か。
 長閑で、何処か窮屈な場所。
 小学校も当時は木造の校舎が残ってたりと辺鄙まるだし。でも子供は多い方だった。クラスも一学年三つはあった。
 その同じクラスに彼はいた。四ノ宮亮くん。
 物静かで気品がある、そう何処か大人びた感じの男の子。神秘的な印象で周囲の女子達は好意はあっても、そうそう話し掛けられない遠巻きに見る存在。
 でも人見知りではなく、その当時は同じく同級生であった主人達のグループとよく遊んでいる姿もよく見掛けた。

 私も他の女子達と同じ。遠巻きに彼を見つめるだけ。

 偶然に放課後二人きりになっても、ちらちら彼を見て、堪えられなくて慌てて教室を飛び出してしまう。
 気軽になんて当時では出来ない。真っ赤になりながら飛び出して来て、せっかくの機会をふいにしたと後悔し、更に真っ赤になりながら帰った事もよく覚えてる。
 いつかきっと、仲良く話したい。そうよく考えてた。
 亮くんを好きになった切っ掛けは何だったろう。

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