小説

『ほたろの木』洗い熊Q(『光る風景』)

 気付いたら好きになってた。もしかしたら、捨て犬をあやしている姿を見掛けたのが切っ掛けだったかも。
 暫く亮くんは長く学校を休んでいる時期があった。夕闇で暗くなった田圃道の帰り途中、道で彼を見掛けた。
 あ、元気にしてたんだ。その時は意識した存在じゃないし、暫くぶりに見たと思った程度だった。
 座り込んで仔犬を撫でている亮くんの背中。とても寂しげに見えた。
 でも、ちらりと見えた横顔はとても優しげで、二つ三つ歳上の存在のように感じとれて。
 何か彼に訊きたいと、そう思ったのが恋の始まりかも知れない。

 
 ある時、クラスである事が話題になった。
「家のじっちゃまが見たって。ほんのか光る木を森奥でさ」
 それはここ二、三ヶ月の間、何人かの大人が目撃したという話。

 真夜中の新月の夜。真っ暗な森の奥深くから、零れるようにぼんやりと光る木が在るのを見たという。
 誰もその存在を確かめようとしない。それは“狐の嫁入り”の行列だから、決して近づかない方がよいと戒めの噂も拡がった。

「駐在さんが言っとったき。明ろうなって見に行ったけど、なんも無かったと」
「明ろうなって見たってしょうがないやろ。出るんわ夜だ」
 子供だった主人のグループが、そんなのを楽しそうに話してた。その内に皆で夜中確かめに行こうなんて盛り上がって。
 それを先生に聞かれて怒られていた。夜中に出歩くなって。
 側で聞いていた私。しょうもない話をしている。盗み聞いていて生意気な事を思っていたけど。
 話題の最後に、お前も見たくないかと亮くんが聞かれて返事した言葉。
 声だけだけど、あの仔犬に見せていた顔で優しげに語ったと想像してしまう。
「もし見れたとしたら、それはとてもとても、綺麗な木なんだろうね」

 
 山間の実家附近は夜となれば真っ暗で夜空には正に川のように星が光っていた。まして新月の夜。外灯も途切れ、星の光もない黒い山は更に光沢もない漆黒を増す。
 そんな中を懐中電灯を握り締め、震えながら私は歩いていた。
 正直、後悔してた。なんで出て来てしまったんだと。
 新月で、明日は学校なくて、雨も降る心配もなく。だったら今日しかないじゃん。そう思い立って家をこっそり出るまでは怖くない。寧ろ浮き浮き、ワクワクしてた。
 亮くんと一緒にその“光る木”を見れたら。誘うにも自分がその木の在りかを知っておかねば。
 浅はかな想いで出て来て、引き返すにもその帰り道も怖い。半ば彷徨うように夜道を進んでいた。
 でも、もう噂になっていた場所に近い。
 怖々と周囲を見廻すが、ただ真っ黒な森があると思える闇が続いているだけ。

1 2 3 4 5