小説

『ほたろの木』洗い熊Q(『光る風景』)

 やっぱり只の噂。諦めるかと迷っている時。ふっと闇の中に微かな光が過ったように見えた。
 懐中電灯? 妖しい光には思えない。ぽっと点いて、ぱっと消えたように見えたから。
 誰かいるの。今思えば、よくそれで森の中を行こうとするなんて。希に聞こえるのは動物の鳴き声だけ。誰でもいいから人を見たいと思っていたかも。
 人の道がない場所を、ぱきぱきと落ちている小枝を踏みながら進み入る。ばくばくと自分の鼓動を聞き一歩進む事に不安を募らせ。
 ふいに向けた懐中電灯の光の輪に彼が現れた。
 わっと悲鳴も出せず、ぼんっと尻餅ついて倒れ込んでしまった。
「何してるの? 大丈夫かい?」
 聞き覚えのある声に更に驚いて懐中電灯を胸元で握り締める。
 ぱっと目前の暗闇に明かりを点けて現れたのは亮くんだった。
「え、え、亮くん!?」
「びっくりしたなぁ。何だって君がこんな所に……」
 普段、澄ました印象の彼が少し慌てているのが見えた。亮くんにとっても意外だったんだと分かる。
「亮くんこそ何してるの??」
 そう訊かれて彼は困った顔をした。最初、私と一緒で“光る木”を探しに来たと思ったけど。
「まあ、しょうがないか。とにかく立ちなよ。本当に怪我ないかい?」
 彼は手を差し伸べたが一緒にクスッと笑ったのも見えた。なんで笑ったか気付いた。私は握り締めた懐中電灯で自分の顔を下から照らしたままだった。
 慌てて光を下に戻して何事もなかったかに私は立ち上がる。それを笑顔で見守りながら亮くんは、ぼそっと呟いた。
「……これも運命なのかな。取り敢えず一緒に来て」
 そう言い、彼は私の手を引っ張って行った。

 
 木々と空との境界線が星のみで分かる真っ暗な森の中。亮くんは僅かな懐中電灯の明かりのみで迷わずに進んで行く。
 凄い慣れてる。手を引っ張られながら躓きそう。必死に着いていくのがやっと。
 暫く森を進んで木々の闇が晴れ、星空が満天に広がる。何処か開けた場所に出たのは分かった。
「ちょっと手伝って。足もとを照らしてくれるんでいいんだ」
 立ち止まって亮くんが電灯で照らした先。ぽつんと闇の草原の中に大きな木があるのが見えていた。
 ブナの木だったのか。子供の頃だから、とても大きな木に思えた。でも、その木は他の木と違って葉の生い繁りが乏しい感じで、そう枯れかけた大木という印象。
「僕のも使って、登る先を照らしてね」
 そう言って電灯を手渡し迷いもなく亮くんはその木の幹に掴まると、ひょいひょいと登り始める。
 私は慌てて後ずさって電灯で木を照らし始めた。
「一体何をするの?」

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