小説

『注文の多いお弁当』木口夕暮(『注文の多い料理店』)

 とベッドに倒れ込んだ。俺は恐ろしいものを仕舞うように、そっとドアを閉めた・・・

 <妻に電話したのは君か?>
 電話だと大声を出してしまいそうだ。俺は怒りを抑えながら彼女にメッセージを送った。
 <何のこと?>
 彼女ははじめ、白を切った。
 <冗談じゃないよ。しかも向こうの実家に電話するなんて、君はそんな子だったのか?>
 <どんな子だと思ってたの?都合よく玩具になって、妊娠しても大人しく中絶させて、その後も何でも言う事聞いてくれる可愛い部下ちゃん?そっちこそ自分何様だと思ってんの。あなた己惚れてるけど、思ってる程会社の評価も良くないから。女癖悪いのもばれてるからね。あたし、今までの証拠ぜ~んぶ保存してる。社内メールで一斉送信しても全然構わない。中絶した時の領収書の写真も流すわ。あんたなんかクビになって、路頭に迷えばいいのよ>
 俺はスマホの画面を見て言葉も出なかった。
 ピロン。画像が送られて来た。俺が彼女をホテルに誘うメッセージのやり取り。
 ピロン。何時の間に撮られていたのか、ホテルでシャワーを浴びている俺。曇りガラスの向こうの俺の裸身と、財布から抜かれた俺の運転免許証が並んでいる。
 ピロン。ピロン。ピロン。画像と、彼女からの言葉の嵐。
 <そのうち離婚するって言ったくせに><奥さんとずっと寝てないって言ってたじゃない><嘘つき><最低><あたしの時間を返して>
 最後に、何故か。
 <ねえ。ひとつだけ感謝してる。おかげで料理の腕が上がったわ>
 「何だ?」
 <明日を楽しみにしてて。これが最後。特製のお弁当作ってあげるから。特別なもの、食べさせてあげる>
 それを最後に、メッセージは途絶えた。どういう意味かと訊き返そうとすると、ブロックされていた。
 「一体何なんだ・・・」
 俺は書斎で必死に対策を考えた。一斉メールは本気だろうか。明日朝イチで会社に行って、彼女のパソコンを壊してしまうか。スマートフォンはどうしたらいいんだ。妻の実家も問題だ。この家を建てる時に頭金を出して貰っている。怒って金を返せとか言われたらどうする。
そうだ、とりあえず実家に連絡をしておこう。妻は家に居ましたからご心配なくと、殊勝な婿を演じておこう。今何時だ。俺は時計を見た。
 午前二時。
 「えっ・・・」
 ぺたり。
 背を向けているサッシの硝子に、何かが貼り付いた。
 ぺたり。ゆっくり振り向くと、そこには妻が。
 「わああっ?」

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