小説

『三十年の時を越えて』ウダ・タマキ(『浦島太郎』)

 それは僕達の別れを意味していた。
 亀ちゃんが帰って来た時に会えば良いなんて思っていたけれど、新しい友人や初めての彼女ができたりして互いに忙しくなり、結局、中学の卒業式の日を最後に僕達が会うことはなかった。

 今から三十年前の三月十九日。

「これ、卒業祝い」
 卒業式の日、ニヤけながら亀ちゃんが両手で差し出したのは黒い箱だった。
「何これ?」
「いいから、開けてみて」
 亀ちゃんのことだ。きっと、僕を驚かせる仕掛けでもしているに違いない。中から煙でも湧き上がるのではないかと思い、右手を精一杯伸ばして顔を背けながら蓋を開けた。
 「うわっ!」という亀ちゃんの声に僕は思わず箱を落とした。しかし、乾いた音を立てて地面に転がった箱の中身は空っぽだった。
「えっ? 空っぽ?」
 驚く僕の顔を見て亀ちゃんは愉快に笑った。

「ねぇ、タイムカプセル埋めようよ。三十年後の僕達にお互いへの手紙を書くんだ」
「ロマンチックなこと言うなぁ。いいねぇ、やろう」

 当時の僕にとって、三十年後は想像すらできない気の遠くなるような未来の話だと思っていた。

 
 樹齢千年を超える大楠は、長年に渡り竜の宮島の人達に崇められてきたそうだ。今から三十年前の今日、その近くに僕達はタイムカプセルを埋めた。
 待ち合わせの時間は午後三時。少し早く到着した僕は、期待と不安を胸にこの場所に唯一至る山道を見つめていた。
 腕時計に視線を落とす。時計の針は三時十分を差していた。
「来るわけないか」
 僕は大きく息を吐き出した。一人で掘り起こすのは違うと思った。この日のために仕事を休み遠路はるばる帰って来たが、亀ちゃんは現れなかった。
 最後に大楠を仰ぎ見て、振り返って船着場へ向かおうとしたその時だった。

「こんにちは」

 山道をやって来たのは一人の少年だった。僕は目を疑った。懐かしいその姿は、あの日の亀ちゃんだったのだ。
「亀ちゃん?」

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