小説

『三十年の時を越えて』ウダ・タマキ(『浦島太郎』)

「うん・・・・・・別にいいけど。そうだね、助けてくれたお礼もしなきゃね!」
 僕の提案に亀ちゃんは努めて笑顔を作ったが、その奥には浮かない表情が滲んでいた。
 僕達の遊び場所は学校の近くか僕の家だった。僕の故郷は海と山に挟まれた南北に細長い地形をしている。風光明媚なところだが、日常生活を送るにはやや不便を感じる町だった。電車が通っていない。公共交通機関はバスのみだ。役場や大きなスーパーや病院、バスターミナル、そして中学校も町の南側にあった。だから、同じ田舎町のくせに北側に住む人のことを「田舎者」とバカにする南側の住人は少なくなかった。そして、北側の人たちは僅かなりとも劣等感のようなものを抱いていた。故郷から離れてみると、それがいかにくだらないことだったか思い知らされるが、ずっと田舎に住む人にはそんな意識が今なお残っている。
 亀ちゃんの家はバスターミナルからバスで四十分程の『竜の宮漁港前』で下車するということだった。
 当時は携帯電話など無い時代。10時43分着のバスを降り、目の前にある漁港の倉庫前で待つように言われた。
 漁港には漁船が整然と並び、白い航跡を描きながら漁に出る船もあった。学校辺りの海より少し潮の香りを濃く感じた。
「おーい!」
 どこからか亀ちゃんの声が聞こえたが姿は見えなかった。何度も声だけが聞こえ、周囲を見回すがどこにもいない。遊び心のある亀ちゃんのことだ。物陰にでも身を潜めているのかと思ったが、倉庫以外にそんな場所は見当たらない。少しずつ大きくなる声が海から近付いていることを知ったのは、亀ちゃんの声に合わせて船のエンジン音が耳に届き始めたからだった。
 船着場に着いた一隻の小さな船は、どうやら渡船のようだった。屋根付きのオープンデッキは自転車や荷物が積みやすいのだろう、乗り心地よりも運搬の利便性を求めた形状だった。渡船の側面には色褪せた字で『漁港⇄竜の宮島』と記されていた。
 亀ちゃんは竜の宮島の住人だった。僕が亀ちゃんの家に行きたいと言った時、複雑な表情を見せた理由が頭の中で繋がった。
 竜の宮島は呪われている、なんて話はこの町の誰もが耳にしたことがあった。大昔に多くの犠牲者を出すような自然災害に見舞われることが多かったらしい。
 「あの島は危ないから近付くな」よりも「あの島は呪われている」とでも言った方が効き目があったのだろう。田舎町では先人からの大切な教えのように脈々と語り継がれてきたが、立派な防波堤ができ、気象衛星である程度の天候が分かる近代において、竜の宮島で大きな自然災害は起きたことはない。 
「遠いところ、ごめんね。これに乗らないと行けないんだ」
「面白そう、早く行こう!」

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