小説

『三十年の時を越えて』ウダ・タマキ(『浦島太郎』)

「そうだけど、何か?」
 僕は枝を両手で持つと、まるでマッチ棒の如く真っ二つにへし折った。
 唖然とする四人。しかし、亀ちゃんが一番唖然とした顔をしていた。亀ちゃんには悪いけれど、僕は笑いを堪えるのに必死だった。
 蜘蛛の子を散らすように走り去る彼らと砂浜で正座する亀ちゃん。事情を知らない人があの光景を見たら、まるで僕が亀ちゃんをいじめているみたいだったろう。
「大丈夫? 怪我してないか?」
「えっ、あっ、はい」
「僕、一組の浦添太郎。よろしく」
「亀井です。亀井守」
「ねぇ、敬語やめよ。同級生なんだし」
 僕に向けられた怯えた顔。どうやら、少年期の僕はみんなから恐れられていたようだ。本当は気の小さい少年だったが、幼い頃から続けていた柔道によって培われた体格と性格に相反したいかつい顔がそうさせていたのだろう。「殺されるかと思ったよ」なんて、僕達の出会いを振り返って亀ちゃんが笑いながら言ったことがあった。
「ありがとう、助けてくれて」
「あんな感じでいじめられてんのか?」
 傾いた太陽の赤みを帯びた陽射しが亀ちゃんの横顔を照らしていた。亀ちゃんは静かに頷いた。
「友達になったげるよ。僕といればきっといじめられないからさ」
「ありがとう、嬉しいけど・・・・・・」
「けど、なに?」
「ううん、何でもない」

 あの時、亀ちゃんがためらった理由は、それからひと月後に知ることとなった。
 僕たち田舎の中学生の遊びはもっぱら水遊びや魚釣りやテレビゲームだった。亀ちゃんは魚釣りや泳ぎには長けていたけれど、テレビゲームはからっきしダメだった。
「ゲームなんて生まれて初めてしたよ」
 好奇心に満ちた亀ちゃんの瞳は輝いていた。自ら前に出るような明るいタイプではないけれど、亀ちゃんはユーモア溢れる男だった。
 魚釣りをしていると「太郎君、助けて!」なんて険しい顔をするので、大物でも釣れたのかと思えば長靴を釣り上げて大笑いしたり、キャッチボールをした時なんかは、何食わぬ顔してボールとすり替えてポケットに忍ばせた生卵を僕に投げつけたりもした。
「今度、亀ちゃんちに行っていい?」
「別にいいけど・・・・・・遠いよ」
「夏休みだから大丈夫さ。今週の土曜は?」

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