桜の問いに、直美はそう説明した。
「息子がかわいくって、しょうがないのよ。きっと」
智司の父親と結婚したのは、彼が5歳の時だった。
「ひと月ほど経ったころ、謎の女の子が現れたの。そう、知代さん」
智司は『知代』が目の前から去ると、すぐに記憶がぼやけてしまうらしい。
父親の前には、姿を現さないらしい。
「私だけが、ずっと憶えている。……変よね」
「完璧に、幽霊じゃないですか。『智司は私のもの』という、悪霊ですよね」
「知代さんが悪霊だったら、私なんかとっくに呪い殺されているでしょう。呪うとか、祟るだとか、そういった力は持っていないのね」
両手で頬を挟むと、直美の端整な顔が歪んだ。
「知代さんがさっき、なんて言ったと思う? 『桜さんの晩御飯はいりません。あのふたり、別れ話をしていたから』ですって」
思わず、はあ? と、声が出た。
「陰口よ。あなた達を別れさせるつもり」
直美が溜息をつく。
「考えてみれば、それが『呪い』や『祟り』と言えるかもしれない」
水出しの玉露で喉を湿らせた。
「どうしてそんなことをするのでしょう」
「知代さんの悪いくせ。智司のことが心配でたまらないのよ。自分の産んだ子供だもの」
言葉を切ると、直美は手元の茶碗をのぞき込んだ。
「お腹を痛めたことのない私には分からないけれど」
直美は、「とけちゃうわよ」と、桜のグラスを指さした。
ストローを吸うと、抹茶フラッペがのどを通る。
アイスクリーム頭痛がきんと響いて、涙が出そうになった。
「ライバル出現かと思えば、亡くなられた実の母親だったなんて。勝てっこありません」
「そうかしら。危機感を覚えたから、桜さんの前に姿を見せたのではなくて」
息子の交際に母親が口を出すこと自体が、おかしい気がする。
この世にいない人に交際を邪魔されるなんて、理不尽な話だ。
「知代さんは、きっと子離れができないタイプね」
直美の分析を聞きながら、桜は必死に考えた。
頭痛が去ると、ひらめきが浮かんだ。
桜は身を乗り出した。