小説

『万死に一生の夢』文城マミ(『死神の名付け親』)

 僕は花屋に近づき、余命半年のその女性を凝視した。年齢は20代半ばくらい。まだ若いのに。可哀想だ。花屋で働く女性。良い響きだ。化粧は薄いが顔が整っている。これからいくらでも楽しい人生が待っていそうなのに。今まで見てきた人々とは比べ物にならない程、僕は彼女に感情移入していた。
「どうする?あの女にするか?」
「あの・・・少し待ってもらえませんか」
「待つ?」
「少し考えたいんです。あ、寿命は絶対どなたかには差し上げます。でも少し時間が欲しいんです」
「優柔不断な奴だな。わかった。お前の決心がついた頃にまた来る」
 そう言って死神は消え、僕は再び暗い部屋に戻った。
 次の日、僕は昨日見たあの花屋へ向かった。記憶を頼りに花屋の看板を検索したところ、僕の家の最寄駅から乗り換え1回、5駅程度の距離にある個人店だった。
 直接見に来てどうするというのだろう。でも、こんなに好奇心を掻き立てられるのは久々なのだ。僕の寿命を分けてやるかもしれない人を、最後にしっかりとこの目で見ておきたい。
 僕は緊張しながら、花屋の前で足を止めた。不審に思われないよう、足元にあったハーブの鉢植えの説明書きを読んでいるフリをした。
「何かお探しですか」
 想像したより、鼻にかかる個性的な声だった。でも、嫌いじゃない。
「ちょっと花を買おうかと思っていて」
「ご自分用ですか?それともプレゼントですか?」
「プレゼントで」
「おいくつくらいの方ですか?」
「えーと、かなり年配の方です」
 友達のいない僕の頭にとっさに思い浮かんだ人物が死神だったので仕方ない。
 彼女は色々な提案をしてくれて、あれよあれよという間に死神への花を買ってしまった。
 家に帰り、花瓶になるものを探したが見つからない。玄関に置きっ放しにしていたバケツに水を張り、無造作に花束を入れた。この薄暗い部屋でバケツに入った花だけが生き生きとしていて異質な存在感を放っていた。
 次の日、僕はまたあの花屋に来ていた。二日連続なんて気持ち悪がられるかもしれないけど、どうせあと少しで僕は死ぬし、軽蔑の目線なんて怖くない。
「あれ、昨日のお兄さん」
「こんにちわ」
「もしかして、またプレゼントですか?」
「いや、今度は自分用に」
「お花好きなんですね」
「いや、」

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