小説

『万死に一生の夢』文城マミ(『死神の名付け親』)

 僕の話を遮って彼女が言う。
「すみません、突然なんですけど、お兄さん今お仕事してますか?もしかして学生さん?」
こんなに昼間からフラフラしているのだから、そう思われても仕方ない。
「いえ、今ちょうど仕事辞めたばかりで。無職です」
「もしお花が好きなら、2週間くらいここでバイトしません?パートで入ってくれてた人が産休中で人手が足りなくて」
 突然の申し出に驚きつつ、人から誘いを受けたことの無い僕は嬉しさのあまり二つ返事で申し出を受け入れてしまった。こうして僕はあと二週間、死ぬのを先延ばしにすることにした。
 花屋での仕事はほとんどが店番だった。あとは注文の確認や発送の準備、水やりなど。
 例の彼女は桜井絵美という名で、24歳だという。背は僕より10センチくらい小さいので160センチくらいだと思う。年上の僕にも物怖じしない性格は少し意外だった。
 働き出して1週間ほどたったある日、店長に配達に行って欲しいと頼まれ、僕は絵美と車に乗り込んだ。よく考えてみれば二人きりになるのはこれが初めてだった。
 配達は滞りなく終わり、道が空いていたお陰で予定より早く帰路に着きそうだ。僕は少し残念な気持ちだった。ハンドルを握り、前を向いたまま絵美が言う。
「ねぇ、少し寄り道しない?」
「え?僕は全然大丈夫ですけど・・・」
「かなり巻きで配達終わっちゃったし、天気も良いし、私のお気に入りの場所に連れていってあげる」
絵美はそう言って、カーナビが指し示す方向とは別の道へ進んでいった。
 到着したのは公園のような、森のような、不思議な場所だった。人もほとんど居ない。上機嫌な絵美の後を、僕はただただついて行った。
「前にも配達が早く終わって、適当に車でうろついてたら偶然ここを見つけたんだ。人が居なくて、ちょっと野生的な植物があって面白いでしょ」
 そう言って絵美は近くにあった赤い木の実のついた植物に触れた。
「ねぇ、この木の実食べられると思う?」
「うーん」
「食べてみてよ」
 絵美は試すような口ぶりで僕に言った。
「え?毒かもしれないですよ」
 絵美はおもむろにその小さな赤い木の実をもぎ取って、僕の方を向いた。彼女と目が合う。彼女と目が合った瞬間、全ての動きがスローモーションのように鈍くなる感覚に襲われた。あぁ、僕は今まで彼女と話す時、いつも照れ隠しから目をそらしていたのかもしれない。
 彼女の指に摘まれた赤い木の実が僕に差し出される。もう片方の手で絵美はもう一つ、赤い木の実をもぎ取る。
「私も食べるから。一緒に」
 胸の鼓動が止まらない。彼女が僕を見つめている。どうせ彼女はこのままだと死んでしまう。僕はどうせ死のうと思っている人間だ。いっそこの木の実が毒で、二人でこのまま死んでしまえれば幸せかもしれない。

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