小説

『神待ち少女は演劇の夢を見るか』甚平(『笠地蔵』)

 体がだるかった。貞夫は少しばかり食事をとると、汗を流して薬を飲んだ。
「具合悪いんだ? 熱測ったほうがいいんじゃない?」
 測ってみると、37.8°であった。
「……洗濯もしてあったけど、あれもお前か?」
「え、そうだけど。それより早く寝たほうがよくない?」
「いや、なんで家事したりしてるのかと思って」
「神待ちってそういうもんでしょ。うぃんうぃんって言ったじゃん」
 両手でピースを作る愛実。
「毛布敷こう、床に直がダメだったんだよ」
「いやベッド行きなって。寝なよ。あたしも寝るから」
「お前は寝るな」
「あたしが風邪ひくじゃん」
「……ちょっと、本当に頭痛いから横になる」
「ていうかさ、なんでダブルベッドなん?」
「そこは聞いちゃダメなんだよ」
 寝室で横になると、昨日嗅いだ、粉っぽく甘いかおりが枕から香った。少し落ち着かない気持ちで横になっていると、ベッドの逆側が軋む音がする。
「なにしてんだ」
「だから、寝るんだって。ベッド一個しかないじゃん」
「お前さ、もっと自分を大切に……」
 言いかけて、貞夫はなんだかバカバカしくなり、続けるのをやめた。
「神待ちってよくやってるのか?」
「いや~、友達から聞いて。今回が初めてなんだよね~」
「ろくでもないな。なんで家出したんだよ」
「神待ち」
「……神待ちしたんだよ」
「ははは、えーとね、クリスマスプレゼントがなかったんだよねぇ」
 愛実は、風呂上がりのようだった。
「あたし、お爺ちゃん子でさー、ていうか、親が仲悪くて、ずっとお互いの悪口言ってんだよね。お父さんが悪い、お母さんが悪い、ツグもそう思うでしょって、うっさい、どっちも気色悪いわって。で、お爺ちゃんがいなくなっちゃうとさ家にいたくないわけ」
 ベッドサイドの照明が消えた。
「でさー、遊ぶじゃん。でもお風呂とかさ、いろいろ、家に帰らなきゃいけないじゃん。でさ、クリスマスに帰って、気づいたわけ。あ、家の中、誰もいないわって。わかる? わかるっしょ? クリスマスに両親別々に出かけてるわけよ。あー、もうどうでもいいわって思ってさ。死んじゃえよ、くだらないよって……ついてきてる?」
「自棄になるなよ」
「なって悪いのかな。だってさ、すごく、どうでもよくない? 友達がさ、前に神待ちやって、泣いてたんだよ。あたしはさ、むしろ、泣きたかったわけ。わかる?」
「風邪だっつってんだろ」
「あ、そっか。ごめんごめん。ま、ツイッターで上手く捕まらなかったからさ、で」
 もぞもぞと、背中側に人の体温が来るのを貞夫は感じた。
「……大丈夫だろ、お前、若いから」
「それ、年寄り発言」

1 2 3 4 5 6